みかみの国の王様

お前はお前。俺は俺。

一番頑張る自由権が俺にはある。

 

工業高校卒だった俺は、最初の模試の成績が20万人中19万番台だった。

 

そこから受験勉強を始めた。

 

みんなから「やめとけ。」とか、「できるわけない。」とかいっぱい言われた。

 

でも、関係なかった。

 

 

会社をやめて塾を開くときも、「そんなの成功するわけない。」と言われまくった。

 

でも、関係ない。

 

 

何かしようとすると、マイナスな言葉をたくさんもらえる。

 

だけど、関係ないんだよ。

 

今の成績や、今の実力ってのは途中経過なんだから、途中でなんか言われても困るじゃんか。

 

結果はやってるやつの頭の中にしかないし、それを信じられるのは自分だけだろ?って話。

 

自分がそれを信じられずに続けられないんだったら、当たり前だけどそれはうまくいくはずがない。

 

だけど、本当に未来の自分の姿をありありと想像できて、そこに向かって夢を抱き続けられるのならその夢はきっと叶うよね。

 

今回、俺は22日間で日本にいたのがたったの3日で、あとは海外にいた。

 

日本(飛行機)バンコク(飛行機)チェンライ(車)フェイサイ(船)ルアンパバーン(飛行機)バンコク(飛行機)日本(飛行機)バンコク(飛行機)ヴィエンチャン(飛行機)ルアンナムター(バイク)ムアンシン(バイク)ルアンナムター(電車)ルアンパバーン(飛行機)ヴィエンチャン(ソンテオ)ノンカイ(バス)ウドンタニ(飛行機)バンコク(飛行機)ダナン(寝台バス)ドンホイ(リムジン)フエ(リムジン)ダナン(バイク)ホイアン(バイク)ダナン(飛行機)バンコク(飛行機)日本

 

世界一周に続く長い旅行だった。

 

海外にいて、いっぱい考えたよ。

 

俺は何をしたいのかどうなりたいのか。

 

すごく時間があったので、いっぱいいっぱい考えた。

 

見えたね。

 

あとは気持ちが続けられるかどうか。

 

夢を諦めるやつって気持ちが続かないんだよね?

 

俺もこの歳になって、また新しい夢を持って頑張れるかどうかわからない。

 

でも、なんかがんばってもいいかなあって思えるところまで復活してきた。

 

 

「化学の先生」で最後の勝負をしたいなあって今、思ってるところ。

旅。

一緒に行ってる生徒には話すのだが、俺がやってるのは旅行ではなく旅だ。

 

目的地に向かって無駄なく進んでいって、そこの観光するのではない。

 

むしろ、そこに行くまでの過程を楽しんでいる。

 

いや、そこに行くまでの過程が楽しいのだ。

 

だから、できるだけグラブやウーバーは使いたくないし、できたらGoogleマップも使いたくない。

 

わからないときには道を尋ね、とりあえず乗り物に乗ってみて、そしてまた聞く。

 

目的地に行って、だいたい想像通りの物を見るだけなら想像を大きく越えることはないだろう。

 

でも、そこまでに着くまでのコース選びだったり、乗り物選びだったり、人との触れ合いや自然を感じることは観光地よりもずっとゾクゾクする。

 

他の人から見ると、俺は海外に行ってばかりに見えるかもしれない。

 

だけど、あの忙しいビルゲイツでさえ年に2回、日常と離れた生活を1週間ずつ作ってるくらいだ。

 

ビルゲイツのクリエイティブを作るためだそうだ。

 

俺なんかクリエイティブの脳汁がドバドバ出てて、もはや帰国した瞬間の今はアイデアの権化とも言える。

 

 

 

俺は塾の先生であることにものすごい誇りを持っている。

 

建築家はすごい建物を作れるかもしれない。

 

農家の人は美味しい野菜を作れるかもしれない。

 

弁護士は困った問題を解決できるかもしれない。

 

それよりも何もよりも塾の先生はすごいと信じている。

 

だって成長中の子供の心の中に影響することができるんだから。

 

その子は将来何で他人に貢献できるかわからない。

 

そこに一票入れられるなんて最高じゃないか!

 

 

だから俺は、ドリームを生徒に伝えたいし、何歳になってもカッコいい生き方をしていきたいと思っている。

 

勉強を教えることは仕事なので絶対に重要なことではあるが、これをカッコよく伝えたいんだよ。

 

俺はね。

 

 



 

練習していないとき。

格闘技に興味ある人しか知らないと思うけど、先日、朝倉未来選手と平本蓮選手の試合があった。

 

試合前の予想は朝倉未来選手圧倒的に有利だったのだが、結果は平本選手の1RでのKOだった。

 

そのことでレジェンド魔裟斗氏がこんなことを言っていた。

 

「練習はみんなやってるんだよ。大事なのは練習してる時じゃなくて練習してない時なんだよ。練習していない時に他のことをやってると、どうしても勝てないよね。」と。

 

朝倉選手は元ヤンキーとは思えないほどマルチな才能で、本当に頭がいい人なんだなといつも思っていた。

 

自分の試合以外にもブレイキングダウンやYouTubeなどやることがいっぱいあった。

 

練習中にどんなに集中しても、練習を離れたら他のことに忙しかったと思う。

 

一方、平本選手は自分のコンディションのために、会見までブッチしてしまうほどだった。

 

勝ちたいのは誰でも一緒なのに、プロとしてはどうなんだろうと思っていた。

 

だけど、それが想いの差だったのだと、魔裟斗氏の話を聞いて思った。

 

ちなみに俺は朝倉選手を応援してた。

 

 

さて、話を自分に戻そう。

 

先生たちはみんな同じだと思うが、授業が終わった後、「今日は上手にできた。」とか「今日は全然ダメだった。」とか、毎回自分の授業を振り返ってると思う。

 

共通テストになって教科書が変わってから、俺も授業に苦しんでいる。

 

今回、魔裟斗氏の言葉を聞いて、俺も仕事していない時を大事にしようと思った。

 

いつもいつも授業のことを考えて、自分が塾の先生であることを忘れないようにしようと思った。

 

今日からまた初心に帰って頑張りたいと思う。

 

 

 

朝倉選手の引退に関してはいろいろな意見があると思うが、俺は引退した方がいい派だ。

 

あれほど多才な格闘家は本当に少ないと思うし、もはや経営者としてもとても優秀だと思う。

 

格闘技と経営ができる稀有な人なので、その才能を使って格闘技全体を盛り上げた方がいいのではないかと思っている。

 

 

俺は......

 

今は目の前の生徒に集中しようと思っている。

ワナさんに。

ワナさん。

 

サレさんから写真が届いたよ。

 

もしものことがあったら、サレさんが教えてくれるだろうって思ってたけど。

 

まだまだ先の話だと思ってた。

 

俺らが会えなくなるのは寂しいことだが、それ以上にまだ仕事にもついてない子供を残して逝く無念を思うと俺もつらい。

 

今まで何人かのカンボジア人に会ってきたけど、いつも一番貧乏で「俺は金より義理をとる。」っていう姿勢のワナさんが一番好きだった。

 

だから、俺も一生ワナさんとつるんでいこうって思ってたよ。

 

俺も絶対にワナさんを裏切らないでおこうって思った。

 

 

生徒一人一人の名前をいつも呼んでくれてありがとう。

 

みんなに美味しいご飯作ってくれてありがとう。

 

何やってもネバーマインドって言ってくれてありがとう。

 

毎回、アンコールワットの朝日見るために早起きしてくれてありがとう。

 

運動会を開いてくれてありがとう。

 

プノンバケンに探しにきてくれてありがとう。

 

思い出がありすぎて、書けるはずもない....

 

 

 

俺にできることは限られてるけど、できる範囲でワナさんの家族のサポートはさせてもらう。

 

次はもっと医療の進んだ国か、もっと健康に生まれるか、もっと金持ちに生まれて来いよ。

 

 

ワナさん。

 

ずっとありがとうな。

 

Thank you for all.    your brother MIK.

 

 

 

www.youtube.com

大事に生きよう....

今の俺は、今までの俺が創ってきた。

 

もちろん多くの人に助けられた。

 

選択を何度も何度も何度も繰り返して、失敗したらやり直して..

 

悔しかったり、辛かったり、もうだめかなって思ったときさえある。

 

でも頑張ろうって立ち上がってきた..

 

 

今では欲しいものは全部手に入れた。

 

俺の夢はすべてアチーブした。

 

でも、それはこういう状態をイメージしながら、そっちの方に向けてきたからに他ならない。

 

これは当たり前なんかじゃない。

 

スタートラインが明らかに後方だった俺が、後ろのゴミ集団から抜け出したかった気持ちの具現化だ。

 

俺は今、トップをとっているわけではないがこれで十分満足している。

 

生まれてきて今日まで、あの状態からよくやったと思っている。

 

そして未来の俺も、まさに今の俺が作っている。

 

ここからさらに前に出ようとは思っていない。

 

 

 

ここからは出るんじゃなくて応援する。

 

若い人に、俺ががんばってきたことを伝える。

 

俺が得たものを伝える。

 

可能性を伝えたいし、奇跡を伝えたい。

 

 

誰からも評価されなくていいし、評価されても困る。

 

俺は俺のサイコーをただ目指しているだけだからだ。

 

数学の勉強スタート

続けることはなぜかわからないのだが得意だ。

 

中学や小学校の頃、夏休みの宿題を前日までためていて、最後に徹夜して適当にやってた自分が懐かしい。

 

今ならきっと計画的にコツコツとできるのに。と思う。

 

子供の頃の性質はなんだったんだろうか。

 

 

 

当時、俺はたった一人で受験勉強したから情報に飢えていた。

 

ただ、本屋さんの問題集や参考書を解くだけの毎日で、決して効率のいい勉強ができたと自分で思えない。

 

もしも今の便利さがあの頃にあったなら、きっともっといい大学に進めたに違いない。

 

その中でも数学は全てが独学だったから、読み方とかでさえよくわからないものがある。

 

あまりイメージがないまま=(イコール)になればいいんでしょ?的な感じで解いていた。

 

最近は化学が難しくなってきて、もうちょっと数学が強かったら速く解ける問題があるのになということを痛感している(今でもうまく解いてないと感じているときにはあびーに習っている)。

 

そこで、今日から数学の勉強を始めることにした(化学に関係のある単元のみ)。

 

俺の性格だときっと続くと思う。

 

ある程度マスターしたら他の教科をやるか、今度は俺が化学の動画を出すかにしよう。

 

他人の役に立てることはありがたいことだし、今回は他人からタダで学ぶので、何か社会にお返しができたら思っている。

 

 

地域による教育格差の話をよく耳にするが、令和になってからはそんなに格差なんてないんじゃないかな。

 

海外のホームレスだってスマホは持っているのである。

 

情報に関しては、貧富の差はかなり埋まってきたはずだ。

 

 

さてと、数学マスターになろうかなっと。

夢を叶える。

 

経営者って結局、自分の夢を具現化させようとしているはずだ。

 

どんな夢でもいい。

 

温かい家庭をつくる(そのために働く)だっていいし、大金持ちになって好き勝手にするだっていいし、みんなに喜んでもらうでもいいだろう。

 

俺も俺の夢の方を向いて仕事をしている。

 

 

俺はみんなと仲良く過ごして生きたい。

 

俺のグループが俺とだけではなく、みんな相互に仲良しであり続けて欲しいと思っている。

 

今回、俺はしょうた塾の手伝いで一緒にカンボジアに行った。

 

そして杉山先生も、としや先生も自分たちの生徒を毎年カンボジアに連れて行ってくれている。

 

俺が始めた卒塾旅行を、俺がいなくてもずっと大事にして守ってくれている。

 

今回、一人でTUKTUKに乗りながら、俺の夢が叶ったのではないか...そう思い、込み上げてくるものがあった。

 

俺が生徒たちをカンボジアに連れて行くんじゃなく、俺と一緒に仕事してくれている先生たちが生徒を連れて行ってくれる。

 

そしてその先生たちを信用して、俺のことを知らない親御さんがカンボジア行きを了承してくださる。

 

究極形態だと思った。

 

これ以上の幸せがあるだろうか。

 

誰にもわかってもらわなくていいし、わかってもらう必要もない。

 

でも、俺はこういうのをやりたかったんだ。

 

こういう気持ちになりたかった。

 

 

 

本当にありがたいと思うし、一緒に集ってくれた仲間の先生たちに心から感謝した。

 

そして親御さんや生徒のみんなにも感謝しかない。

 

 

経営者としての夢が叶った気がします。

 

ありがとうございました。

勉強マインドセット

どうやったら子供が賢くなるのだろう?

 

毎日毎日そのことを考えながらずっと仕事をしてきた。

 

今日はそのうちの一つについて書いてみたい。

 

「やらされてることとやってることでは全然違う。」

 

という話だ。

 

 

俺らみたいな仕事をしてると、一気に成績を上げないといけないシーンに直面することがある。

 

子供自身がやらされてると感じているのか自発的にやってるのかは、成績向上に関して大きなファクターだと思うのだ。

 

それを強く思う理由は、「成績をあげたいと自ら望んでいる子の成績すら、簡単にあげることはできない。」からである。

 

やらないといけない勉強量、覚えないといけない勉強量は結構膨大で、一瞬で積み上げることが難しい。

 

例えば、お金儲けなら株で当てるとか、何かの商売がヒットするとかで一瞬でリッチになることもあるだろう。

 

でも、勉強はそういう性質ではない。

 

わかりやすく言えば、英会話みたいな感じだ。

 

どんなに一気に習っても、話せるようにならない。

 

例えば、「時制を気を付けて話そう。」

 

そう思っていても、ネイティブに時制がおかしいことを指摘される。

 

だから、気を付ける。

 

また、ネイティブの時制の使い方を真似てみたりする。

 

そうやって会話しているうちに時制が上手になってくる。

 

「次は不定詞を上手に使ってみよう。」

 

「次は関係代名詞を使ってみよう。」

 

みたいな感じで少しずつスキルが上がっていく。

 

 

高校1年生の授業をしていてよく感じるのは、「あら?あのモチベーションはどこにいったの?」だ。

 

中3のときは一生懸命にがんばったのに、高校に入学できたことでまた受験が遠い存在になってしまい、がんばる必要性を忘れてしまうのである。

 

そして「やらされてる勉強」に変わる。

 

 

なにが言いたいのか?

 

つまりはである。

 

成績を上げようと思ったら、まずは「自発的にやるモード」にしなければ効率がすこぶる悪いということだ。

 

やる気のない子供にいくらやれやれと言ったところで、相手がブレーキを踏んでるわけだから進ませるのには無駄なエネルギーがかかりすぎる。

 

つまりはまずは勉強に対する正しいマインドセットを構築することに挑む必要があるってことだ。

 

やらされてる子とやろうと思ってる子じゃあ勉強コスパが違いすぎるからだ。

 

 

 

 

いつかにつづく

パガッティおじさん。

パガッティおじさんって知ってるだろうか?

 

俺は好きでよく見てるのだが、こんな風に生きれたら素敵だとと思う。

 

youtu.be

 

 

俺が脱サラして自営業を始めた時に、読んだ本の中に「自分の幸せだけを考える人に本当の成功はない。」と書いてあった。

 

また、何人かの人に慈善の話を聞いた。

 

だから、まだ全く金がなかった頃から、ボランティアを俺なりにやって生きてきた。

 

mikamijuku.jugem.jp

 

mikamijuku.jugem.jp

 

mikamijuku.jugem.jp

 

mikamijuku.jugem.jp

 

探し出せばキリがないが、今だってずっと続けている。

 

俺がたまたま物質的に豊かになれただけなので、そのラッキーをお返ししたいだけだ。

 

ボランティアと日常ってなんかつながっていて、ボランティアって感謝を返すことだと思っている。

 

例えば、路上で困ってる人がいたら助けてあげたいと思うし(助けられる時は100%助けている)、「ありがとう。」とたくさん思えて、そして口に出せる人間でありたい。

 

ボランティアという言葉は上から目線でなんか好きじゃないが、生きることって他人に感謝を返していけることでもあると思っている。

 

 

 

今年は何回か一人で旅行に行ってみようと思っている。

 

ネットでもほとんど知られていないような僻地に行って、自分ができることでもやってみようと思っている。

 

あと、塾の仕事は夢を与える仕事でもあるから、仕事を通じて夢を与えることもできるだろう。

 

南アフリカの秘密のサンタ」かあ。 ‥パガッティおじさんいいなあ。

そして俺は仕事界にもどっている。

ここ10年くらい幸せの勉強にハマっていたが、もはや俺の中で解が見つかったのでこれは終了だ。

 

俺の中で幸せとは何かというゴールに行き着いた。

 

ま、俺の場合、簡単にいうと

 

「幸せとは人である。」

 

ということだ(長くなるので割愛)。

 

 

そう言えば、さらにその前の10年間は、経営とか経営者とかお金儲けに関して本を読みまくっていた。

 

今もたまに成功本を読むが、興味そのものが低くなったためにあまり刺さらなくなってしまった。

 

 

 

最近、ちょっとハマっているのが、「賢くなるためには何をすればいいのか?」である。

 

これは教育産業に携わっている人ならみんな考えていることだと思うのだが、学問として考えるとどうなのか?ということだ。

 

高額の塾に入れたから‥

東大の先生に家庭教師て来てもらっているから‥

 

これで確かに成績が上がる子がいるかもしれないが、上がらない子も多いはずだ。

 

俺も長年塾講師をやっていて、成績が上がりやすい子もいれば上がりにくい子もいる。

 

それよりもなによりも、そもそもの地頭に大きな個人差がある。という現実があることを見えなかったことにするわけにはいかない。

 

塾に預けられる親御さんの心情は、「塾に入れたのでこれで上がっていくだろう。」かもしれないが、それでみんながバンバン上がれば、こんなにも塾が乱立し競争が生じることはないだろう。

 

 

 

話を変えよう。

 

俺は経済観念がないやつは病気にかかっていると思っている。

 

親からもらった遺伝病だ。

 

ぶっちゃけると経済観念がないやつには責任がない。

 

生まれつきの遺伝だからだ。

 

運動神経がないやつって、本人に責任ないだろ?

 

生まれ時からそうだったんだから。

 

同じような感じだ。

 

ただ、経済観念やアル中はある程度克服できると思っている。

 

俺も経済観念がなかったが、俺はそれを病気だと認め、どうやって克服するかについて考えてきた。

 

今、俺は普通の人間くらいになったと思うが、過去を考えても病気で生まれてきたと思っている。

 

アル中も同じ。

 

酒を飲みすぎて、大きな失敗したわけでもないし、大病を患ったわけでもないが、ほぼ30年間毎日酩酊するまで飲んできた。

 

「酒をやめることができない。」という病気だった。

 

 

 

経済観念やアル中を病気であると認め、克服したところで、俺は本来歩むはずだった人生と違う人生を明らかに歩んでいる。

 

 

 

さて話を戻そうか。

 

行動遺伝学が面白いと思うようになった。

 

遺伝子の配列は基本的に生まれときから決まっているわけで、それは両親の染色体を半々で受け継いでいる。

 

おっと、1000文字を超えてしまった。

 

詳しくはその2で書こうか。

 

 

 

 

つまりだ。

 

子供の成績をあげるために、今までみんながやっていなかった方法でアプローチしたいと考えている。

 

経済観念やアル中は遺伝で決まっていたと思うのだが、アプローチを変えることで遺伝子に逆らうことができた。

 

勉強だって、今まで知られていなかった方法や知られていたけど気づいてなかった方法がまだ多く眠っていると思うのだ。

いい一年だった。

ここ10年で1番忙しかった1年だった。

 

いつだっただろう?

 

去年だったか、物欲などのへモチベーションが一気に下がった理由が「老化」だと知ったのは。

 

俺は自分が満足しているから、物欲がないのかと思っていたがそうではなかった。

 

このままではいけない。

 

俺はみかみ一桜なのだから。

 

 

去年の12月から筋トレに通い始めた。

 

仕事もどんどん増やしていった。

 

途中からオンラインタイ語会話も毎日やるようになった(英語はずっとやっている)。

 

 

そして座右の銘を「エネルギーを使い切る。」に変えてからさらに仕事を増やした。

 

その結果、オンラインタイ語会話ができなくなってしまったし、ジムにも行けない日がでてくるようになった。

 

だけどいい。

 

さぼっているわけではないからだ。

 

まさかこの歳でこんなに働けるとは思っていなかった。

 

朝起きてから、寝る前までずっと仕事がある。

 

ずっと時間に追われ続けてあっという間に、日にちが過ぎる。

 

最高じゃねえか。

 

昔のセミリタイアのような生活に戻りたいと1ミクロンも思わない。

 

「今日、なにやろうかなあ。」なんてそんなこと考えている場合じゃないのだ。

 

仕事人生の終盤戦が始まっている今。

 

突然、こんなに忙しくなちゃって、「忙しくても問題なく生きていける」ということがわかった今。

 

仕事はたしかに金儲けの手段の一つかもしれないが、社会に貢献できるという側面をもっているのも事実。

 

だから、俺はこれからしばらくの間、仕事を頑張っていこうと思っている。

 

それは初めての場所に旅行にするくらい、ドキドキすることなんだって気づいた。

 

2023年は俺にとっては、感謝の年だった。

 

ありがとう。

座右の銘を変えます。

(数日前に書いたブログをアップしてませんでした)

 

 

 

昨日まで俺の座右の銘はずっと

 

「気合いと根性」

 

だった。

 

ただ、人は加齢によってポジションや体力などの理由でできることが変わってくると思う。

 

それに合わせて座右の銘も変える方が正しいのではないか。

 

まあ、戦前の憲法をこれからずっと使ってもいいものなのか?というのと同じような感じだ。

 

 

今朝のFacebookでシップス先生がこんな投稿をされていた。

 

近くのジョイフルへモーニングコーヒー飲みに来た。後ろの席では、頭の悪そうな若者たちが徹夜明けでハイテンションになり、騒いでいる。前の席では、薄汚れたフィラのキャップをかぶった爺さんが、ドリンクバーで何度もコーヒーをおかわりしながら本を読んでいる。夜勤のウェイトレスは、あまりに眠いのか、お客さんの食べたあとを片付けているうちに椅子にもたれて寝てしまった。この寒い北陸の朝、いろんな人が生きている。誰の人生が尊いわけでもない。それでも俺の想像以上につまらない人生なんてものもあるのだろう。」

https://www.facebook.com/masahiro.kubota1

 

なるほど。

 

深い。

 

深いわ。

 

 

そして一昨日、卒塾生ののぐ先生(今はお医者さん)からメールが来た。

 

俺が本当に信用しているごくごく少ない人数の一人である。

 

30年以上毎日飲み続けてた酒を何ヶ月もかけてストップさせたのはのぐ先生の一言だった。

 

そののぐ先生の学会誌投稿の記事を見せてもらったのだが、すごくいい内容だった。

 

何かというとエネルギーは使い切ってもすぐに充電されるから、あらかじめ自分のエネルギーをセーブしたり振り分けたりする必要がないという内容だったのだ。

 

仮に困難な状況にあるからといって、エネルギーを配分するのではなく使うことが大事だと書かれていた。

 

元ネタは他にもあったようなのだが、のぐ先生が自分の今の状況や経験に照らし合わせて見事に書いてあったので、すごく腑に落ちた。

 

 

確かに、道端でずっと座っていても時間が過ぎるし、信じられないほど行動力で生涯を終える人もいる。

 

もしも人間のエネルギーの総和が一定であれば、頑張っている人はどこかで頑張りが止まるはずだ。

 

エネルギッシュな人がずっとエネルギッシュであり続けるのは、やはり充電はすぐにされているのだろう。

 

俺はエネルギッシュに生きてきただろうか....

 

今までやってきたことを羅列しよう。

高卒で会社に入ったけど、そのあと大学に入学した。

大学1年生で結婚

34歳で独立して開塾

2年半で生徒600人超え

財閥の家庭教師

全国6ヶ所を飛行機で移動しながら授業(東京、大阪、新潟、石川、山口、福岡)

初めて書いた参考書で日本一

ブログのアクセス数、教育業界で1位(もう書いてないけど)

カンボジアにチョコレート工場を作ろうと画策→断念

フィリピンに英会話教室を作る→集客しなくて失敗

ベンツとBMW、合わせて6台購入

ハノイ大学に正規入学→入学式の日に自主退学

日本で一番海外旅行に行ってる塾講師

まだまだ書けそう....

 

まあ悪くない。

 

なんかやるのに気合と根性って言ってる時代はきっと終わったな。

 

俺的に。

 

 

 

というわけで人生後半の座右の銘

 

「エネルギーを使い切る。」

 

にしようと思う。

 

これからエネルギーを使い切っていくので、よろしく頼むぞ。

 

 

 

フローの中で生きている。

歳をとったからどうかわからないが、やらなかったら忘れてしまう。

 

昔は忘れても良かった。

 

なぜなら生きていくのに困らなかったし、それなりのストックがあったからだ。

 

でも、今、そういう考え方じゃなくて日々変化の中で上がったり下がったりしているのではないのかという気がするようになり、俺の生活が変わってしまった。

 

わかりやすく書いてみよう。

 

俺は10年以上英会話をやっているのだが、ちょっと休んだりしたらなんとなくうまく話せない気がすることがあった。

 

ただそうは言ってもおおむね変化ないし、自分の中の有意差だとは思っていなかったし気にしていなかった。

 

 

筋トレも同じだ。

 

1年間ほぼ毎日ちょこちょこと筋トレを続けてきた。

 

たまに海外旅行などで、連続的に休むと上げられるバーベルの重さが減ってしまう。

 

当たり前のことだと思われるかもしれないが、じゃあ、維持しようと思ったら毎日やれ!って結論になる。

 

そんなプレッシャーの中で生きるのは嫌だから、ジムに行かなくてもいいよという極論が真のゴールなのか。

 

 

数ヶ月前、一生の趣味をと思いジョギングを始めていたのだが、膝が痛くなって永久にジョギングを封印した。

 

新たな趣味がいるだろうと考えた結果、語学を始めることにした。

 

語学なら故障はないだろう。

 

語学と言っても、英語以外の言語だ。

 

英語では発音で躓いた(日本人っぽい訛りを消すことができない)ので、他の言語にしようと思って日本から行きやすいタイ語の勉強を始めた(ベトナム語にしようか迷ったが)。

 

文章に入る前に、発音記号だけは最初に徹底的にやってからだ。

 

語学ならきっと歳をとっても続けられるだろう。

 

 

 

 

 

さて、話は少し変わるのだが、俺は最近オンラインで毎日化学問題というのをやっている。

 

また、以前に中学と一緒に毎日英語というのを2年間やったことがある。

 

これにはものすごいパワーを秘めていると感じている。

 

生徒の力のつき方が圧倒的にすごい。

 

毎日やるから、忘れる前に覚え直すというシンプルな方法なのだが、本当に効果を実感している。

 

毎日やれば、復習が不完全であっても昨日のことなので結構覚えている。

 

かつ一晩挟んでいることで頭も適度に整理されている。

 

これ以上に効率を上げる方法があるのだろうか?

 

 

それを踏まえて、俺はタイ語を毎日勉強することにした。

 

毎日毎日オンラインの先生にタイ語を習い続けている。

 

もしも復習が不完全なら、同じページを2日続けて習う。

 

進まなくてもいいから、毎日毎日やることが大事なのだと気づいた。

 

 

化学の問題を解くのもそうなった。

 

「さあ、今日は解きまくるぞ。」

 

って以前は問題を解いていたが、最近は約1時間程度毎日問題を解くスタイルに変えた。

 

前の日に解き方がアートでなかったものは、次の日にもう一回解いている。

 

日本中のどの先生よりも美しい式が作れることを目標に解いている。

 

 

 

ああ、毎日の積み重ねというよりは、日々のフローの中で生きてるんだ。

 

そう考えるようになってから、なんか1問1問が大事になったし、日々の研鑽こそがすべてだと思える気がするようになった。

 

このケーキを切ったらこんな断面だったのか、ではなくパラパラ漫画のように1日1日があって、全体的にこんな形になったのね。という生き方だな。

 

今の俺の生き方は。

 

 

不思議。

こんなこと言っては申し訳ないのだが、俺、学生時代に勉強って別に楽しくなかったんだよな〜。

 

昔、俺がそのことを書くと、「そんなことを言うやつが先生やってるのってびっくりした。」とか書かれたことがある。

 

今も書かれるかもしれないけど、そういうやつには先に言っとこう。

 

 

「 黙れ!クソが。 他人の場所でぐちゃぐちゃ抜かしてくんなや。」

 

勉強が楽しいって思ってる人っているんだろうか?

 

っていうくらい俺は受験勉強は楽しくないと思う。

 

一方で、部活って楽しい側面があると思うんだよね。

 

だから、進路選びに部活と勉強を五分(ごぶ)の天秤にかけるようなことが起きるんじゃないだろうか。

 

これは塾の先生だから言うんじゃないよ。

 

社会の経験者だから言わせてもらう。

 

部活と勉強が五分の天秤なわけないぜ?

 

部活で人生決めるのってプロになりたい人やすでに富豪、それ以外にあるか?

 

部活を勉強以上に一生懸命にやって優先順位をあげた未来に何があるのだろう?

 

ああ、スポーツ推薦?

 

それなら意味があると思うけどね。

 

 

ま、何が言いたいかって言うと勉強のウエイトって重いってことだ。

 

そもそも勉強頑張ってると、進学した先で同じくらい頑張ったやつと一緒の学校になる。

 

自分ががんばったことを同じように経験してる友達ってよくないか。

 

何かを頑張ろうとしても「えー、がんばるのやめよう。」って足をひっぱってくるやつがいる。

 

一方で「おっ、いいねえ。俺もやろう。」っていうやつもいる。

 

これ、どっちがいい?

 

 

 

日常で社会とか数学とか使うんですか?

 

って思うかもしれないが、そういうのを勉強してきた頭で本を読んだり、ものを考えたりするからいいんでしょ?

 

もちろん、社会に出てから世の中のことを勉強するのもありだけど、社会に出てから大学に入り直した俺の立場からすると早くやっとく方が絶対に有利だと思う。

 

 

 

 

ちなみに俺は結構部活を頑張った方だが、根性は勉強からだって学べることがわかったから人生をやり直すんなら、部活なんかやらずに勉強だけやるね。

 

んで、社会に出てから運動始めるわ。