教科書でこういうの見たことないだろうか?
兵馬俑である。
死ぬまでに一度、見たいと思っていたので実際に見てきた。
思ってたのと色々違ったので、書いておきたい。
俺のイメージの兵馬俑は始皇帝が死ぬ時に、人の代わりに人形を墓に一緒に入れた。だった。
なんかよく知らないが埴輪みたいな...
ちなみに中国人の専門のガイドから聞いた話である。実話だと仮定して書く。
実際は色々違っていた。
①兵馬俑はずっとあったけど見つかっていなかった(けど見つかっていた)。
兵馬俑が見つかったのは今からわずか50年前である。
50年間もの間、土の中に埋まっていたのだ。
ただ中国は土葬の習慣で、穴を掘って人を埋めるときに、そういう人形のようなものが埋まっていることは薄々気づかれていたそうだ。
この写真の右上に穴があるのがわかるだろうか?
これは地元の人の骨が入っていた場所だそうだ。
こういう穴がいたるところに開いている。
こういう穴を開けるときに必ず兵馬俑とぶつかってても不思議ではないのが想像がつく。
だが、こういうのがでてくると静かに暮らしている村の人々の生活が激変するために、村人は見て見ぬ振りをしてたそうだ。
そんな中、この兵馬俑の上に住んでる一人のひとが、地下に人形が埋まってるようだと発表したから、村が大騒ぎになったらしい。
その住人は村を追われ、山の中でひっそり暮らすようになったらしい。
20年後に、これはお金になるとみんなが気づき、その住人を呼び戻したそうだ。
今ではお金持ちになっているとのこと。
②兵馬俑はカラーだった。
兵馬俑は思った以上に一人一人の特徴を捉えており、最初はカラーだったそうだ。
発掘して空気に触れるとすぐに酸化し、色がなくなるらしい。
酸化を遅らせるために、ビニールで覆っているものもあった。
実際の色はこんな感じらしい。
No Photos とあるが、撮って良いと言われた。
他の人も撮っていた。
③かなり精巧に作られている
これが無傷の状態で発掘された唯一の一体だそうだ。
よろいの金属の重なり方などかなり精巧に作られている。
実際に爪の筋や、手相まできちんと作られている。
そうなると靴の底の模様のこれも正しいということになる。
一人一人が似せて作られてるそうだ。
④少し信じにくい話もある。
一定数の割合でこのように足が太い人形があるのだ。
ガイドさんの話では、馬車の運転手、軍師などは動かないから運動不足で足が太くなったと言っていた。
これはにわかに信じがたかった。
だって、トラックドライバーとかバスの運転手さんとか足、別に太くないもんねえ。
⑤一番前や外側の人は鎧を着てないがそれでいい。
敵の首を切ったら、25mプールくらいの土地がもらえて、2人切ったら、2つもらえる。
3人切ったら、家族の中に罪人が出ても一人は罪人免除してもらえるらしい。
だから、前線の人はとにかく人の首をはねたくてしたかないから、軽装で動けるようにしてるらしかった。
⑥兵士以外にも曲芸をする人や料理を作る人まで、いろいろな人がいた。
撮り忘れたので(最後の方はめんどくさくなってきた)、壁に貼ってあった絵で許してくれ。
その他
西安の名物ビャンビャンメン
これは、始皇帝が中華統一したあとに、兵士以外からは武器を取り上げたために(農民からも包丁を)、手で伸ばす平べったい麺が作られたと言うことだった。
平べったすぎるだろう、と思ったが、平べったかった。
注文の仕方は、1本ください、2本くださいと麺の本数で注文する。
俺は「初心者は一本にしてください。」って言われて1本にしたが、それでも多かった。
普通のラーメンの大盛りくらいのパワーがあった。
以上である。
兵馬俑一つとっても面白いだろう。