山登りするなら滑りにくい靴や、防寒が必要だ。
潜水するならウエットスーツがいるだろう。
何かをするときには、そういう身支度をするはず。
同じ山登りでも、季節や標高、選ぶルートでも準備が違うはずだ。
エベレストに登るのに、普段着でいく人はいないだろう。
だけど、いるんだよね〜。これが。
「先生、〇〇大学に行きたいです。」
高らかに宣言するときの希望に満ち溢れた眼差し。
そのときはいいんだよ。
そのときはね。
ただ、目標と実力が乖離しすぎている。
つまり、君はエベレストに上がろうとしてるんでしょ?
どうして普段着で上がれると思うの?
どうしてトレーニングせずに行ける気がしてしまうの?
今ある位置から目標までの道をかけなかったら到達するはずがないと思う。
なんとなく努力してたら、オリンピックに参加できました。
そんなことはないと思う。
今の自分と目標までの距離が遠ければ遠いほど、普通のやり方では無理なはずだ。
キチガイ度をあげていかないといけない。
俺らの仕事も同じ。
例えば開塾して、10人くらいの塾を作ろうとするのなら、まあ普通にやればできると思う。
でも、50人にしようと思うと、結構な努力がいると思うのだ。
300人とかになるともはや、24時間仕事のことを考え続けてがんばらないといけない。
それ以上はおそらく運だと思うが....
テーブルの上に大盛りのチャーハンがある。
一口づつ食べいかなければなくならない。
後ろを向いた瞬間にチャーハンが消えていることはない。
そのチャーハンの量が大盛りならガツガツ食べないといけないだろうし、1キロとかあったら、泣きながら脂汗をたらしながら食わないといけないだろう。
しかも、食い終わってから熱が出るかもしれない。
現状の実力よりも目標が大きすぎると、発熱したり、吐いたり、とにかく精神を超えた体の部分にさえ変調をきたすものなのだ。
難しい大学への受験は、これと同じことだと俺は思う。
お前なりにがんばってるとか、自分ではこれで一生懸命です。とかもう聞き飽きている。
実際にお前の人生は俺の人生ではないから、お前がどうなっても俺に直接害が及ぼされることはない。
ただ、俺は人を応援する仕事やっている。
やる気の低いやつ。
実力のないやつ。
素直じゃないやつ。
どんなやつでも応援していくのが俺の仕事だ。
そしてそれにベストを尽くさなければいけない。
俺の思いが、俺の生徒たちに届かないときは、ああ、生徒じゃなくて俺のキチガイ度がたりないんだろうなあって思う。
実はそれこそがエベレストなのだから。