みかみの国の王様

お前はお前。俺は俺。

Clubhouse 雑感(俺個人)

....どうしても面白いと思えない。

 

昭和のおっさんの俺には全く理解ができない。

 

何がおもしろいのか1ミクロンもわからない。

 

だから流行るのかもしれないが....

 

おっさんがわからないんで(若い人はわかるんでしょ?)。

 

インスタもTwitterも、TikTokも最初は何が面白いのか全然わからなかった...

 

ただ、みんなのフォロワーの増やし方がZenzuuを彷彿させる。

 

とにかくかたっぱしからフォロワーを集めてる感が、何か異常な気がしてしまうのは俺だけか..

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とは言え、何かがあったらいけないので一応しばらく続けていこうとは思っているが(まあよかったらフォローして)。

 

一番、きついのはバカねーちゃんが、何を話しても「すごーい。」って連発してるところなのだ。

 

俺の生徒は勉強ができる子ばかりだから、あの「すごーい。」を多用するボキャブラリーの低さに違和感を感じて吐きそうだ。

 

「今日はね、早く起きたんですよ。」

 

「すごーい。」(すごーいじゃなくて、そうなんですね。どうしてですか?だろ。)

 

「そのあと電車に乗ったらぎゅーぎゅーでね。」

 

「すごーい。」(じゃなくて、コロナは大丈夫ですかね。とかだろ。)

 

「clubhouseが流行っていきそうですね。」

 

「すごーい。」(流行るわけねーだろ。だろ?)

 

全員がコメンテーターになったような感じで、得意になってベラベラと話すところについていけない。

 

そしてお互いがマウントをとろうと発言している感が否めない。

 

clubhouseファンには怒られそうなのであまり書けないが、とにかく昭和のおっさんの俺には全く理解できないということは確かだ。

 

みんな新しいSNSインフルエンサーになって影響力を持ちたいとのだと思うのだが、ちょっとこれはどうなのだろう..

 

インスタもTikTokも理解できなくて、乗り遅れすぎたのでしばらく我慢してやってみるつもりだ。

 

 

 

 

ところで、離脱はかなり軽くなってきた。

 

不眠がまだ残ってはいるが、倦怠感はかなり減ってきた。

 

次は無駄時間を減らしていって、もっと仕事に集中できるようになりたい。

 

とにかく酒を飲まなくなった夜の時間の使い方がまだまだよくわからない。

 

ま、慣れか。

 

全力の出し方。

俺は今、結構な全力を出している。

 

生き方を変えるために全力を出している。

 

高卒で会社に入った時、このままじゃいけないと思って大学受験の勉強を始めた。

 

会社をやめたとき、塾でうまくいかないと死ぬしかないと思って一生懸命に働いた。

 

普通に過ごしていたら、明日は今日と同じような日がやってくるだろう。

 

それを繰り返せば、グラフの延長線を引いていくが如く自分の未来が決まってしまう。

 

それでよければそれでいい。

 

あの日、一緒に入社した人たちはあのときと同じような生活をしてるだろう。

 

会社を辞めなかった人は、そのまま会社でがんばってるだろう。

 

でも、俺は我慢できなかった。

 

自分の未来を本気で変えたいと思い、全力になった俺がいた。

 

だから俺は道を変えることができた。

 

 

 

そして、俺は人生が1万日も残ってると知ったから、また違う道を歩もうと思った。

 

1月1日からいろいろなことを変ようと決心をした。

 

実際には人生の競争相手がいることを想定して、12月30日くらいから行動を開始した。

 

健康を意識してランニングを始めた。

 

今までは整理整頓ができないという理由で、部屋を散らかしていたが片付けるようになった。

 

環境の良い場所に引っ越すことを決めた。

 

中学生の授業のやり方を変えることにした。

 

英会話をやめることにした。

 

そして禁酒。

 

自分のベクトルが動いていることを自分に教えるために、できるだけ今までの自分の外に出る。

 

俺の目に入るできるだけ多くのことを変化させて、今までの俺の延長上に未来の俺がいないことを俺に伝えなければいけない。

 

決めたら、もう何も疑わずに走り続ける。

 

しっかり考えて決めたことなんだからもう迷うことはない。

 

人生を変えるためにはエネルギーが必要だ。

 

それを全力で出すのみなのだ。

 

その力は実際は非力だと思う。

 

一人の人間がちっぽけに、精一杯つっぱってがんばるだけだ。

 

彗星の軌道を変えるわけではない。

 

飛行機の方向を変えるわけではない。

 

車のハンドルを切るわけではない。

 

ただ、自分一人の行動を変えるだけなのだ。

 

たったそれだけを変えるだけでも全力を使う。

 

でも、その力は宇宙から見たら本当にちっぽけだ。

 

 

でも、大丈夫。

 

変化を好まない人が多い世の中で、わざわざ違う方を向こうとするだけでも俺は意味があると思っている。

 

その差はまさに雲泥だ。

 

 

今日も離脱症状がきつい。

 

まぶたが重い。

 

倦怠感がある。

 

睡眠が上手にできない。

 

 

ただ、俺は俺のベストを尽くすだけ。

 

宇宙の中ではちっぽけでも、俺の中ではビッグバンだ。

 

あとはまっすぐ広がり続けるだけなのだ。

アルコール依存症の離脱と戦う俺。

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昨日から酒とは無関係となった俺だが、実は結構苦労している。

 

1500ml以上のビールを毎日飲み続けると10年から20年でアルコール依存症になるらしい。

 

もちろん俺は完全に当てはまる。

 

アルコール依存症レベル偏差値だと、国公立大学に入学できるくらいのレベルに達しているだろう。

 

もちろん、手が震えたりするような東大レベルのアル中患者ではない。

 

酒をやめるとまずは小離脱が来る。

 

今がそれだ。

 

朝は倦怠感で苦労した。

 

今日いっぱいは小離脱と戦ったら、明日からは大離脱が来るだろう。

 

この離脱が苦しいがために、再びアルコールに口をつける人も多いらしい。

 

だから、アルコール依存症が一生付き合っていく病と言われている理由の一つだ。

 

短期間の離脱で手が震える人が、アルコールを口にする瞬間に治ることを知ってるだろう。

 

離脱は飲めば治るのだ。

 

 

 

ただ、こういう一般のクソ理論は俺には完全に当てはまらない。

 

俺は俺の理屈ですべてのことを決めている。

 

俺は頭で理解して、心を強く律していく男なのだ。

 

仕事しながら受験勉強して大学合格ができたのも、塾に行ったことなかったのに開塾してわずか2年半で生徒を600人まで増やせたのも、学びエイドの動画をわずか1ヶ月で250コマ撮影できたのも、全部俺のルールが強力だからだ。

 

 

確かに離脱は結構面倒だが、俺の心はすでに酒と離れている。

 

俺のルールから、すでに飲酒は別世界に行っている。

 

さっき、やよい軒で水のおかわりを汲みに行ったとき、水のサーバーがビールサーバーに似ていたので、グラスを落としそうになった。

 

俺の握ってるコップには、もう一滴の酒も入れさえない。

 

 

もう俺は飲酒しない自分の未来を描き始めているのだ。

 

1ヶ月後に、再診察して経過を報告することになっている。

 

ここでいうセリフも、帰り道に食う飯ももう全部確定している。

 

 

 

俺はレールの分岐器を変えたので、俺の列車は違う方向へと進んでいくだろう。

 

これでよい。

 

俺はもう決めたのだから。

 

 

 

もう禁酒はしない。

本日、1月27日を持って俺は酒と決別した。

 

俺の辞書から「酒」という言葉を葬った。

 

タバコが俺に無関係であるように、酒も俺にとって無関係となる。

 

確かに今日から酒を飲まないが、禁酒しているという感じではない。

 

禁酒っていうのは、酒飲みが酒をやすむときにただ使う言葉で、そもそも酒を飲まない俺に禁酒という概念はない。

 

さて、報告しよう。

 

アル中病院で何が起きたのかについてだ。

 

 

 

コロナ対策により、完全に予約制だった。

 

行った時に患者は俺だけだった。

 

そもそも診察に最低3時間はかかると言われているのに、予約された時間は12時。

 

昼休みはないんかーい。である。

 

最初に「ウチはアルコール依存症専門です。」と言われた。

 

その後いろいろな紙を書いた後、「お話を伺います。」と言われ診察室に呼ばれた。

 

「私は医者ではありません。あなたのカルテを今から書くのでいろいろ教えてください。」と職員と思われる方に言われた。

 

答えたくないものは答えなくていいそうだが、答えたくなくなる質問があるという情報が得られた。

 

「酒を飲み始めたのは?」

 

「どのくらい飲んでいるか?」

 

ゆっくり詳しく、聞かれていく。

 

「学歴を教えてください。」

 

この辺から、酒と関係ない質問へと移っていった。

 

「学歴は関係ないのでは?」

 

「依存症は一生付き合っていくような病気だから、これまでの人生をできるだけ把握したいんです。」と言ってくる。

 

なにこれ?

 

俺の自慢の人生を語らせてくれるってこと?

 

俺が生まれて今日まで、俺の人生についてしっかり聞いてもらって俺は満足だった。

 

まあ、特に嬉しかった質問は「高校生のときに何位でしたか?」と、「どうして化学科に進学したんですか?」この2つだな。

 

俺の人生なのに、メモまでとって聞いてくれる。

 

その後、先生の診察だ。

 

「依存症は脳の病気だから、理解してください。」とメカニズムをざっと説明されて、治療法について言われた。

 

「以上のことから、飲酒欲求を下げる必要があります。他の欲求を高めることで相対的に飲酒欲求が下がる薬を処方するが第1案です。」

 

「第2案は、酒量を低減させる薬です。飲酒の2時間前に飲むと飲酒欲求が下がるので、酒量が減ります。あくまでも低減です。」

 

「3番目は入院患者に使う薬なので、外来の患者には出しません。」と前置きした後に、こう続いた。

 

「この薬を飲んだあと酒を飲んでしまうと激しい頭痛がします。入院していない人が激しい頭痛で救急車で運ばれたら洒落にならないでしょ?だから、入院患者にしか出しません。」

 

「ちなみに2種類あります。24時間効果が持続するものと、1週間効果が持続するものです。」

 

「以上です。案1にしますか案2にしますか?」

 

 

........

 

「先生、案3にしたいです。1週間のやつを僕に出してください。もう一生飲まないので、救急車には乗りません。」

 

「基本的には入院患者じゃないと....」

 

「大丈夫です。覚悟してきましたから。もう絶対に酒を飲まないので、これをください。この一番すごそうなやつを出してください。」

 

先生に熱弁して、そして手に入れた。

 

酒を飲んだ瞬間に地獄に落ちる薬を。

 

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ほーっほっほっほ。

 

軽いぜ。

 

 

今は緊箍児(きんこじ、頭の輪っか)をつけた孫悟空の気分。

 

飲んだら頭が割れる。

 

これほどわかりやすい薬はないぜ。

 

 

 

というわけで、水をとってこよう。

「毎日理科」に関して。

俺はオンライン授業は、はちやま先生が日本で一番うまいと思っている。

 

オンライン授業のスキルは従来の授業の延長上ではない。

 

いきなり出てきた新しいスキルだ。

 

俺も自分で授業は上手だと思っているのだが、オンラインになるとはちやま先生の方がうまいと言い切れる。

 

なぜなら、ガジェットの使い込みスキルの差が大きいからだ。

 

やはり「これで食っていく。」と決めてる人間と、何かあったらすぐにオンラインに移行しますよ。では気合が違うと思うのだ。

 

あっ、ちなみにおれは現段階ではオンラインでは食っていかない派ね。

 

実は、俺も来年から中学生の理科を始めようと思っていた。

 

高校の化学の先生が教える「中学生の理科。」

 

当然競争力があるよね。

 

中学生に教える科目の中では英語が一番好きなのだが、これって全く競争力がない。

 

「せんせー、英検何級持ってる?」

 

「うん?4級。」

 

「せんせー、海外に留学したことある?」

 

ベトナム語が話せないけど、ハノイ大学の入学式に出ただけ。」

 

TOEFLって難しいですか?」

 

「受けたことないからわからない。」

 

世の中にはネイティブみたいな先生が溢れているというのに、そこで競争するのは危険だ。

 

いや、でも俺、英語の授業好きなんで。

 

 

で、4月から理科クラスを作って理科をやりまくろうかと思っていたが、はちやま先生に追いつける気がしない。

 

というわけでウチは、はちやま先生に頼んで、I CAN 毎日理科を採用することにした。

 

毎日30分間やり続けることのメリットはめっちゃデカい。

 

毎日やるから、復習しなくても前の日のことを覚えていられる。

 

毎日やるから、忘れる前にまた上積みしてもらえる。

 

オンライン授業だけならびっくりしないが、それを使って「毎日理科」ってのは、親御さんに与える安心感ってすごくないか?

 

 

今なら、俺が頼んでる超特別お友達価格で、はちやま先生に頼んだげるよ。

 

もしも毎日理科をやりたい人(あるいはやりたい塾)があったら、俺に言ってね。

 

あっ、ちなみに1円もピンハネなんかしないよ。

 

月謝は直接、はちやま先生に振り込んでね。

 

俺はただ、すごいシステムだと思うから俺のブログを見てる人にこっそり紹介してあげるだけ。

 

19時15分から19時45分ね。

 

月曜日から土曜日ね。

 

 

 

あれほどすごいから、お前の塾が少しくらいマージンとることも許されるのではないかと俺は思うよ。

 

世界の物価。

今、発展途上国の物価がどんどん追いついてきている。

 

そのうち世界中で同じような物価になると思う。

 

俺が今まで旅行してきた中で一番ぶったまげたのは、中国だった。

 

どうだろうか、いまから25年くらい前の話だ。

 

北京大学に行って、腹一杯飯を食って50円くらいだった。

 

そして、食堂で10人で飲んで食って腹いっぱいになったときの会計が3000円とかだった。

 

酒も飲んだのに。

 

体感イメージは、日本の10分の1な感じだったと思う。

 

 

20年くらい前に、スリランカの土地を買いませんか?っていう話があった。

 

300万円で1km四方のヤシ畑と、御殿とプールが買えるという話だった。

 

もちろん、今はそんなのは絶対に無理だというのがわかる。

 

昔のことしか知らない人は、東南アジアに行けば激安で物が食えると思ってる人が多いかもしれない。

 

もう激安ってのはほとんどない感じがする。

 

すぐに腹壊しそうな現地の外で食うようなものなら、まだ日本の半額以下で食える物もあるかもしれない。

 

だけど、当時の中国のような本当に安い場所はもうないと思う。

 

俺的にはもはや東南アジアでも日本に比べて7〜8割くらいまで上がってきたように感じる。

 

だから、吉野家とかはなまるうどんとかが結果的に一番安いんじゃないかって気もするくらいだ。

 

 

技術の進歩だってそうだ。

 

中国なんかすでにお金はデジタル化が進んでいるから、俺らが自動販売機でジュースを飲むことにさえ苦労する。

 

だって俺らは銀行で両替してもらった元しかもってないからね。

 

自動販売機にそもそも元を入れる場所が存在していない。

 

世の中が変わっていく。

 

 

せめて、教育がなくならないようになって欲しいが、それさえも変わりそうで怖い。

 

IT革命って言うけど、革命ってこういうことなんだなと革命の中に生きてきてよくわかった。

 

 

俺らにできることは、今、俺らがやれることに最善を尽くすこと。

 

世の中が勝手に変わっていくわけだから、それを憂いても仕方がない。

 

ただベストを尽くすこと。

 

 

それだけだ。

 

稼ぐということへのセンシティビティー

「楽して稼げます。」

 

「毎年1億円稼いでます。」

 

「情報発信するだけで稼げます。」

 

そういう広告や宣伝が巷に溢れすぎている。

 

ツイッターなど月収何桁とか、何桁稼いでいるとかばかりでうんざりする。

 

 

君の夢はなに?

 

「公務員になることです。」

 

「どうして?」

 

「安定しているからです。」

 

なんか違うんだよ。

 

それを言うのなら、「公務員になって安定した給料をもらうことで、週末に未来の家族とキャンプしたいんです。みんなの笑顔を僕が作るんです。」って言え。

 

ドリームあるか?

 

安定して稼ぐということにドリームはあるのか?

 

 

あるいは、楽して稼いでどうするの?

 

遊びたいだけか?

 

遊ぶために、少しでも楽して稼ぎたいの?

 

「月収何桁です、僕は楽して稼いでるんです。」

 

....薄っぺらい。

 

それってかっこいいのか?

 

どうやって儲けるか?って考えるより、どうやって他人に喜んでもらうか?とか、どうやって生きがいを作っていくかとか考える方に意味がある気がするのは俺だけか?

 

俺は今の仕事をやっていて一番幸せだと感じるのは、みんなが一生懸命にがんばっていることを感じられ、それがきちんと報われることだ。

 

そういう種類の幸せは必ずあると思う。

 

むしろただお金が入ってくることよりも、何倍も幸せだと思う。

 

税金が大変だからって、シンガポールなんかのオフショアに逃げて自分の資産を守ることだけ考える。

 

これって楽しいか?

 

お前の金だけ守って楽しいか?

 

 

 

コロナのワクチンでもそうだ。

 

俺が今やっている英会話の先生たちも、みんなワクチンは接種したくないって言う。

 

「あれって、多くの人が打たなければ意味がないんじゃないですか?」

 

「副作用が怖いから。他の人が打ってくれてそれで集団免疫を獲得するのを待つ。」

 

あのー。副作用はみんな怖いと思うんだけど。

 

みんながそれをやったら、コロナが終わらないでしょ?

 

リスクなんかあるのは当たり前。

 

リスクがないものなんかどこにもないんだから。

 

自分のことだけ考えていると、他人への感謝を忘れやしませんか?

 

 

俺はワクチンの接種の機会があったらすぐに受ける。

 

俺のためじゃなくて、大好きな日本のために受けようと思っている。

 

 

他人のために動くのが嫌いな人がやる仕事や、金のためだけに働く仕事が幸せをもたらすことはないと、俺は思っている。

 

 

稼ぐということだけが目的な人生はつまらない。

 

もっと人間の関わりを、みんなが大切に考えられるといいのになと思う。

 

迷ったら変化がある方向へ進む。

今年は人生で相当大きな転換期を迎えることになる。

 

最大のイベントは酒をやめることだ。

 

I will give up drinking.

 

ほとんど毎日飲酒を続けてきた。

 

楽しかったなあ。

 

食生活や夜が、100倍楽しく感じられた。

 

いい人生だった。

 

ただ、毎日2リットル以上の酒を飲み続けてると、やはり悪影響も多い。

 

血圧上昇による心臓へのダメージ、肝臓への負担...

 

血液検査をするたびにどんどん数値が悪くなっていた。

 

先日の人間ドックで「脂肪肝ですね。」から始まって酒が理由と思える症状がいっぱい出てきた。

 

「酒をやめるくらいなら短い寿命でもいい。」

 

実際に昔はそう思っていた。

 

でも、今はそうじゃない。

 

数年前まで定期的に「自殺欲求」のようなものがあったのだが、気がついたらそれがなくなっていた。

 

特に死にたいと思わない。

 

そして俺はあと1万日生きる。

 

ただ生きるんじゃなくて、元気なジジイとして生きていく。

 

新しいことを始める一番手っ取り早い方法は、今までのものを手放すことだ。

 

俺は長く付き合ってきて、人生の大きい割合をしめていた酒を手放すことに決めた。

 

これは今までの「禁酒しまーす。」とは、次元が違う。

 

禁酒しますと言いながら、禁酒できないのは依存しているからなのだ。

 

そう俺はアルコールに依存しているわけだ。

 

だから俺はアル中専門病院を予約した。

 

依存症を医学の力で治して、酒とは別れて生きていくことを決めた。

 

酒のない夜をどう過ごしたらいいのか本当によくわからないのだが、だけど俺は考える葦なのだ。

 

まずは酒をやめる。

 

そして引っ越すことを決めた。

 

駅に近い街の中は酒の誘惑が多いだろ?

 

もっともっと塾に近いところに引っ越して、仕事に身を捧げるのだ。

 

そして仕事の幅を一気に拡大していく。

 

授業もいろいろ変えることが既に決まっている。

 

コロナの影響で、4月から通塾率がまた下がると思う。

 

損益分岐点付近を彷徨ってる塾は、益々経営が難しくなるだろう。

 

塾が伸びるか伸びないかは、経営者の覚悟と実力で決まっていると思う。

 

実力ってのは、日々そんなに変化するわけではないが覚悟は変化する。

 

酒までやめて頑張るくらいだから、中途半端にはするつもりはない。

 

歳をとってきて、ついつい守りの人生を歩んでいたが大間違いであった。

 

「迷ったら、あえて変化のある方向へ進む。」

 

今は海外へは行けないが、人生だって大冒険だ。

 

分かれ道があったら、行ったことない方の道に進むように選択しようと思う。

 

いつも通ってる道を通っても、新しいことは起きないからね。

 

 

あっ、そうそう。

 

今年に入って始めたジョギングだが、今も続いているしもちろん今日も走るつもりだ。

 

温度の贅沢。

俺の部屋は1年位中エアコンが効いている。

 

すごく贅沢なことだと思っている。

 

どんなに寒いときに家に帰っても、家の中は絶対にあったかい。

 

どんなに暑いときに帰っても、家の中は絶対に涼しい。

 

 

昔の俺のクソ貧乏な家にはエアコンなどというものはなかったから、毛布を体に巻いて極厚のスリッパと靴下を履いて勉強していた。

 

手袋も指3本だけハサミで切って、レッグウオーマーをつけて勉強してた。

 

布団に入ってもしばらくは布団があったまらなかった。

 

今は、すべてが同じ温度なので快適な生活を送っている。

 

布団がもしも冷たいと感じたら、5分もすれば風呂に湯が張れる。

 

風呂でNetflixでも見ながらゆっくりあったまって布団にいけば、もう天国だ。

 

そもそも布団が冷たいと感じることさえない。

 

朝は起きたらすぐに布団から出られる。

 

だって布団の外も快適だから。

 

 

どうしてこんなに幸せになれたのだろう。

 

車もあるし、バイクもあるし、パソコンだって数台持っている。

 

恐ろしいことに勉強を始めたあの瞬間が、ビッグバンのごとく俺の人生を全く異次元へとはじき飛ばしていった。

 

もしも勉強をしていなかったら、今の生活は絶対になかった。

 

そして勉強をしたからこそ、温度にさえ感謝できるようになった。

 

 

 

子供の頃、俺が貧しかったのは絶対に俺のせいではない。

 

生まれた時から貧しかったのだから。

 

子孫を作り続ける限り、代々栄枯盛衰を繰り返しながら塞翁が馬のように遺伝子をつないでいくのだと思う。

 

親父がクソだった失敗を俺が引き継ぐのが宿命だった。

 

いやいや俺なんかよりもっとたいへん人がたくさんいるはずだ。

 

そういう人たちはスタート地点がずっとずっと後ろになってしまう。

 

そのハンディをどれだけ返してまた自分の子へとつないでいくのか?

 

不思議なものだ。

 

 

 

塾に行きたくても行かれない、いや、塾などという発想さえない子もいっぱいいると思う。

 

運が強ければ自然に幸せになれるが、運が弱ければ努力しかないと思う。

 

ああ、努力しといてよかった。

 

また、今から変えようと思う人たちは変えられるので必ず頑張って欲しい。

 

 

 

とりあえず俺の部屋の温度管理は完璧だ。

 

次は、花粉症への挑戦。

 

花粉症が存在しないクリーンルームのような部屋を確立しなくては....

 

 

がんばろう。

分ける時代。

今のところ、YouTubeで新しく何かをしようと思っていない。

 

その延長上になにかがあると思えないからだ。

 

仮に俺がYouTubeでチャンネル登録者数1万になったところで、ビジネスとしてはたかがしれている。

 

チャンネル登録者数が10万になったら、そりゃあ相当本気でやってるってことなので、その場合は職業YouTuberってことになるだろう。

 

興味ない。

 

 

とにかく昨年、寿命がすごく残ってることに気づいてから、いろいろな勉強をまたするようになった。

 

今年に入ってからは、キンドルアンリミテッドに登録したので、本をむさぼり読んでいる。

 

知識を増やしたいことはもちろんなのだが、メンタルを刺激したい。

 

じわーっとやる気が増えてきているからだ。

 

 

塾を始めた頃、目は日本へ向いていた。

 

だから本を書いたり、全国に塾を出したりしてメジャーになる方法を考えていた。

 

今も、教育YouTuberで頑張って、てっぺんを目指している人は多いと思う。

 

それはそれでいいと思うし、俺も勉強するときはそういう人の動画を見させてもらっている。

 

ただ、行き着く先はタレント化だと思う。

 

俺はもう本当に一切興味がない。

 

 

それよりも目の前にいる人と一緒に仕事したい。

 

見えない人に何かを届けるよりは、見えてる人に届けたい。

 

お金は世の中に十分すぎるほど流通しているので、全体に目を向けないと生きていけないってことはないはずだ。

 

会社員から独立したときに、なんて自由な大海原なのだろうと感動したことを覚えているが、あの時よりもさらに自由度が増している気がする。

 

塾同士の勝ち負けを決めるのさえ、もはや難しくなっている。

 

人数が多いことが大事なのか?

 

店舗数が重要なのか?

 

売り上げなのか?利益なのか?

 

実績なのか?

 

何で自分が勝負しているかを忘れるとブレてしまう。

 

俺には寿命がありすぎるので、まだまだリスクとって攻めていく。

 

その際に、どの象限に自分がいるのかをきちんと決めないと、ムダ打ちになってしまう。

 

というわけで、今からセグメントしてやっていくことにする。

 

とりあえずこれだけは決めている。

 

全国バトルはしない。

 

だから全国で活躍している人をみても、全く羨ましいと思わない。

 

俺はそこを狙っていないんで。

 

全国バトルは勝てば大きいけど、ライバルも多い。

 

 

 

それよりも俺は、地域にこだわった仕事をやりたいと思っている。

 

全国に行く必要はない。

 

地元でハッピー。

 

 

それが俺。

駅の近くのシャッター街。

俺が高校生の頃。

 

地元の徳山駅の周辺はめっちゃ賑わっていた。

 

ダイエー(トポス)のあった南銀座通り。

 

近鉄松下、ニチイのあった銀座通り。

 

そして商店街の集まったアーケード街の銀南街。

 

夏は、毎週土曜市があって歩行者天国になっていた。

 

なのに今は、どこもシャッター街になっている。

 

特に南銀座通りは、駅から近いのにガラガラっておかしくないか?

 

銀次も今月で撤退するらしい。

 

あそこで頑張れてる店は、他でやったらもっと成功するんじゃね?くらい思ってしまう。

 

好立地すぎて、普通にやったらすぐに再生できると思うのは俺だけなのだろうか?

 

 

というわけで、こういうアイデアはどうだろう?

 

この辺のすべての塾が、南銀座通りに強制的に出店して勉強ストリートを形成する。

 

そのために市には補助金出して欲しいけど。

 

小さくて宣伝も下手だけど実際にいい塾ってあると思うんだよ。

 

小さい塾も全部集まって、勉強ストリートになればもっと平等な競争ができると思うし、親御さん同士の情報交換だってたやすくなるはずだ。

 

あとは塾が違う子でも、一緒に行き帰りをすることができるようなる。

 

これによって安全性が増す。

 

 

最大のメリットは、子供達が南銀座通りに集まってくることだ。

 

毎日千人以上の子供たちが、一本の道に集まってくればすごい経済効果にならないか?

 

ハンバーガー屋さんや、文房具屋さん、お弁当屋さん、本屋さんって店が増えてきそうじゃない?

 

さらに待ってる親御さんのためのカフェとかもできたりしてよくない?

 

そして、競争に晒されることになるわけだから、今よりももっと「いい授業」について考えるようになるよね。

 

 

 

長く地元に住んでいるから、今の駅の周りは元気がなくて少し寂しくなる。

 

ただ、駅には集客力最強のスタバ様が鎮座されていらっしゃるので、これは良かったと思う。

 

 

 

俺が市長なら、結構いろいろな挑戦するんだけどなあ。

 

あっ、ちなみに周南市は周ニャン市に戻すよ。

 

目立ってなんぼなんだから。

 

 

じゃあまずは市議会議員にでも立候補すればいいじゃん?

 

そうなんだよね。

 

でも、全然興味がない。

 

 

若い少しくらいぶっとんだような元気な人が出てきてくれるといいのにと思う。

 

仕方ないので、誰か市長に向いてそうな生徒を洗脳していこう。

 

 

俺の内部留保。

経営者の家じゃない限り、今の日本で経営を教えてくれるところはそんなにないと思う。

 

だから、みんな我流だと思う。

 

俺も先日「徳山しょうた塾」ができる前に、しょうた塾のライバルになる塾がいくつあるんだろう?と思って数えてみたら、そのエリアだけでも30もあった。

 

俺が知らない塾もいっぱいある。

 

同業者の俺が知らない塾って誰が知ってるんだろうか?

 

そんな塾の塾長って食っていけてるんだろうか?とか余計なお世話まで考えてしまう。

 

 

俺は経営を我流で勉強してきたが、そんなに間違ってなかったと思っている。

 

開塾2年半で生徒が600人を突破。

 

現在はみんなが幸せになると思うグループ制にしている。

 

俺の教室はもはや看板さえ出していないが、ずっと満席。

 

広告は年に1回。

 

校門配布も年に1回。

 

要するに宣伝にお金をかけなくてもいいということだ。

 

チラシをめっちゃ入れてる塾あるだろ?

 

あのチラシ代ってどこからでてるか知ってるか?

 

月謝から出てるんだよ。

 

塾のキャッシュポイントって月謝とか、講習代しかない。

 

 

とりあえず塾っていうのは、親御さんからいただいたお金以外に、いただけるところがないから、そこからお金を配分していかないといけない。

 

だから、広告をたくさんいれてる塾は、月謝の中に広告代まで含まれてるってことになるよね。

 

設備がすごい塾もそう。

 

月謝に設備代を乗せないといけない。

 

お金をどういう割り合いで振っていって、どういう形にするかを考えるのが経営の一つだと思っている。

 

でも、俺はそれだけを考えているわけじゃない。

 

俺は俺でそれ以外にもいろいろ考えながらやっているのだが、それはグループ内の秘密である。

 

 

だけど、今日はそのうちの少しだけ公開してみようと思っている。

 

内部留保に関してである。

 

内部留保ってのは、要するに貯金がいくらあるかということだ。

 

例えば内部留保が大きかったら、収入が途絶えてもその資金で食いつないでいけるはずだ。

 

内部留保がゼロだったら、収入が止まる=倒産になってしまう。

 

だから、誰だって貯金を作っておきたいよね?

 

....残念。

 

俺はそうは思っていない。

 

俺は金と他のことを切り離して考えてはいない。

 

 

内部留保を金だけでは測れないすべての余力だと捉えているからだ。

 

実は看板をだしていないのも内部留保のひとつだ。

 

看板を出した方が生徒を集めやすい。

 

そんなことは俺でも知ってる。

 

だけど内部留保がいるのだ。

 

できるだけたくさん内部留保を作っておいた方がいい。

 

トラブったりピンチになったときに塾を守らないといけないからだ。

 

すでにあるパチンコ屋さんが新装オープンとかして何度もリニューアルしてるだろ?

 

新装オープンするたびに新しいお客さんがきてくれるから、リセットができる。

 

 

だから俺は余力ができたらすぐに内部留保を作る。

 

内部留保ってのはピンチの時のお助けカードになるからね。

 

そしてまたがんばって余力を作る。

 

そして内部留保を作る。

 

看板だって、一番最初はあったんだよ?

 

だけど、余力ができた瞬間に看板をなくしたわけよ。

 

看板なくてもやっていけるんだから。

 

 

俺と戦ってる周りの塾あるとするでしょ?

 

俺らと張り合うためにがんばってるじゃん。

 

俺も全力で戦ってはいるんだけど、内部留保を作りながら戦ってるの。

 

授業数だってそう。

 

できるだけ減らしてるわけなんだよ。

 

今年だって中2の募集をやめたからね。

 

単純に授業数を倍にしたら、収入が倍近くになるでしょ?

 

それをやると限界状態で戦わないといけなくなる。

 

何かが起きたときにもはや限界になるでしょ?

 

 

競争っていろいろな競争があると思う。

 

収入を増やしたり、生徒数を増やしたり....

 

俺は何も増やさない競争をしている。

 

俺らはすでに自分の目標値をクリアしているから、今度はそれに対してできるだけ余力をつくる戦い、つまり内部留保を増やす競争を静かに熱くやってるんだよ。

 

 

俺のブログをずっと読んでいる人ならわかると思う。

 

俺は経営にピークを作ってはいけないって何回も書いている。

 

一度ピークを作ると衰退しかない。

 

衰退すると疲弊するばかりなんだよ。

 

どんなに大きい会社でも、給料が減ると怖いでしょ?

 

リストラされたら困るでしょ?

 

ギスギスしちゃうでしょ?

 

でも、飽和させた状態を維持しながら内部留保を作り続ける競争は永遠に、セロトニンドーパミンオキシトシンなんかの幸せホルモンが出続けるわけよ。

 

だから俺はピークを作らない。

 

 

人によって目標はいろいろあると思う。

 

だけどこれからの時代、大きくしていくことは諸刃の剣だと思っている。

 

大きい=偉いの価値観ではないと思っている。

 

むしろ己の幸せとはなにかを探求する時代に差し掛かっているのではないだろうか。

 

今来てくださってる生徒や親御さんにどのように喜んでもらうか、どうやってグループのみんなともっと仲良くなるか?内部留保で作った時間でそれを考えている。

 

 

 

大丈夫。お前ならできる。

www.youtube.com

 

かすみ先生の赤ちゃんの「ふくちゃん、初めてのハイハイ。」である。

 

赤ちゃんのままでいて欲しいけど、成長もして欲しい。

 

赤ちゃんってそんな存在だ。

 

俺も娘がまだ小さかったときはあまりにもかわいすぎたので、「このまま大きくならないでね。」って何度もお願いした。

 

だけど、新しいことができるようになるたびに嬉しかったものだ。

 

寝返り、ハイハイ、歩くことは赤ちゃんの大イベントだと思うのだが、俺はハイハイが最もすごいイベントだと思っている。

 

ハイハイができるようになると、自分の力で色々な方向に進むことができるようになる。

 

これにより、あっちに行きたいとかこれを取りたいとか、色々な考えが生まれるようになると。

 

娘のハイハイから時間が経ちすぎているので、どういう風にハイハイができるようになったのかの詳細が思い出せなかった。

 

だからふくちゃんの初めてのハイハイを楽しみにしていた。

 

それが最初の動画だ。

 

 

これを見て、思わず俺は涙してしまったよ。

 

赤ちゃんだって頑張ってたんだなってことがわかったからだ。

 

目標物から一度も目を逸らしていない。

 

それでも途中で声を出している。

 

ギブでママに助けを求めそうな感じじゃないか?

 

でも、少しずつ少しずつ頑張ってやっと欲しいものを手にすることができた。

 

とれた瞬間、嬉しそうに見える。

 

そして実際にそれを掴んで座ってるときは、明らかに満足しているようだ。

 

ああ、みんなこれを繰り返して成長してきたんだなって思った。

 

きっと立つときだって、歩くときだって同じような感じなんだと思う。

 

俺らってこれを繰り返して、今の生活ができるようになっということを再確認させられる。

 

 

今、俺は高校受験生、大学受験生と一緒に毎日を過ごしている。

 

あきらめそうになる子を見つけて、励ましてあげるのが俺の仕事だ。

 

だけど、どんな子だって潜在的には頑張る力を持ってるんだと思ったよ。

 

潜在的にだよ?

 

お前が気づかないところで、お前の体は頑張りに耐えうる魂を宿しているはず。

 

成長する上で、挫折したり勝てなかったりしたことがあったせいで、そのことを思い出して諦めそうになってるかもしれない。

 

だけど、本当はそうじゃない。

 

お前も俺も、こうやって欲しいものに手を伸ばしてきたんだよ。

 

記憶にないだけで。

 

だからこうして俺らは歩いたり、文字を書いたり、掛け算の九九ができたりしている。

 

これは当たり前なことじゃない。

 

俺らがどこかで頑張った証拠なのだ。

 

 

気にするな心配するな。

 

結果と努力することは違う。

 

努力して何かを手に入れようとすることは、本能的に俺らに与えられている力なのだ。

 

だから頑張ろう。

 

歩みを止めずに。

 

 

あと少ししかない。

 

早くお前の目の前にある、お前の欲しいものを掴もう。

徹底的に継続すること。

継続を大事にしている。

 

継続はそれだけで力になるからだ。

 

俺が「実は1年間、腕立て伏せしてました。」とか「中学生は7年間で一回しか退塾されたことありません。」とかを時々書いているのがわかるだろうか。

 

何かをするときに、大体のことは継続ありきで考えるようにしている。

 

自習室だって、おそらく日本で一番勉強時間が長いのを19年間維持して来たと思っている。

 

継続は信用だ。

 

このコロナ禍にあっても、ただの一人の生徒数を減らすことなく(調子に乗って定員を破ってまで生徒を増やさないように気をつけながら)、今も継続し続けられているのは少なからず信用がついているからだと思っている。

 

もちろん給料の遅配も1度もしたことないし、月謝を値上げしたことも1度もない。

 

俺が継続できないのは禁酒とダイエットだけで、これは直接他人に迷惑をかけていないからだ。

 

もしも誰かに影響したり、迷惑をかけるのであれば禁酒もダイエットも何年間というスパンで継続できるに違いない。

 

継続はそれだけで力になるし、大事だと考えている。

 

 

 

人は一人では生きてはいないし、どれだけハイテク化しても必ず最後の決断は人の気分が決めると思う。

 

だから誰かの信用を得て、人を裏切らないということは、いかなるときにあってもとても大事なことだと思う。

 

先日、面接の練習をしているときにある子がこう言った。

 

「私は高校に入ってから、勉強の大事さを考えて毎日自習室で勉強してきました。」と。

 

そういえば、いつも自習室にいたなあ。

 

周りの人は、本人が頑張ってることをそこまで気に留めてはいないだろう。

 

だけど、何か頼むときは必ず自習室にいるその子に頼む方が確実だ。

 

こういうことが信用だと思うのだ。

 

派手な服装を着たり、面白いパフォーマンスをすることは人の目を引くから、一時的に生徒が増えるかもしれない。

 

だけど人間関係は意外に泥臭く、「あの人だったら任せても大丈夫。」と思ってもらえる人が残ると俺は考えている。

 

一発当てる塾を作りたいのなら、目立つ塾や派手なコンセプトがいいと思うが、長く生きていこうと思うとイメージに沿ってしっかりとやり続けることが大事だと思う。

 

というわけで、俺は今日も頑張ろうと思う。

 

でも、さすがに疲れが溜まってるので、今日は早く帰ろうかなっと。

2021 膝クラッシュからのスタート。

昨年はクソボケの弟にデブと言われ、自炊を始めた(約4割くらい、他は外食)。

 

そして実はそれ以外に腕立て伏せを始めていた。

 

と言っても、こういうのを使って深くする腕立て伏せなので、

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普通にやるよりは負荷をかけている。

 

最初14回しかできなかった。

 

でも、1年も頑張ると少しずつ増えて来て、ノンストップで33回までできるようになった。

(月に1〜2回ずつ増やした)

 

 

今年は家での飲酒を減らすことと、ジョギングを続けていこうと思っている。

 

実は昨年の終わりから考えていたことなので、少しだけ準備をしていた。

 

準備期間が終了したので、今年から陸上界と節酒界にデビューする。

 

俺は見苦しい感じで走るおっさんになりたくない。

 

もちろん今は見苦しいどころか、醜悪でおぞましい中年ランナー、いやいやモソモソと移動する中年ウオーカーに見えるかも知れない。

 

だけど、デブになったからと言って今日だけ気にして走るしょうもないおっさんではない。

 

「走った後のビールは旨いのぉ。」って飲むクソジジイじゃないのだ。

 

俺はおっさん同士で優劣をつける存在ではない。

 

インテリジェントなヒューマンなのである。

 

自分を律して、自分のルールの中で美しく生きていく存在だ。

 

なるべく早く、陸上界に降臨できるように努力しようと思っている。

 

そして高貴に走らねばならない。

 

若いにーちゃんたちと爽やかに走るのである。

 

 

昨年は海外を封じられたために、

 

・塾の周りをアスファルトにする。

 

・塾の電気をLEDにする

 

・女子トイレの洋式化

 

・普通二輪免許の取得

 

・包丁を使うこと

 

に着手することができた。

 

 

今年も海外に行けない可能性が高そうなので、新たなることを行いたいと思っている。

 

とりあえずは2月に家を引っ越そう。

 

新幹線の駅に一番近い新築のマンションの1階の入口側に住むことを自分のルールとしていたが、駅に行くことがほとんどなくなった。

 

いやいやそれ以上に、駅の周辺は飲み屋の巣窟で、今の俺にとっては危険極まりない場所である。

 

そこで塾周辺の文教エリアに引っ越して、酒の漬物と化した俺の魂を救済する必要がある。

 

今年は知的に生きる予定だ。

 

 

また、昨年はウッセーとかバーローとか、口悪く話すこともあったが、それは今年も続けていこうと思う。

 

俺がわがままであることをみんなが忘れないようにだ。

 

あと10万日もあるからね。

 

死ぬまでに。

 

まだまだ頑張ろうと思う俺様だった。

 

 

というわけで、あけましておめでとう。

 

お前らも俺を見習って頑張れよ。