幸せがどういうものかわかったが、それを表現するのが難しい。
例えば、夜行電車だって、夜走る電車、目的地に寝てる間に着く乗り物、動くホテル.....表現がいっぱいある。
同じように幸せを一言でいうのが難しいが、俺がわかった幸せをいろいろな側面から書いてみようと思う。
俺より若い誰かの参考になればな。
俺は一時期、発展途上のスラム街ばかりを選んで移動して、貧乏ってなんなのか?を考えてた時期がある。
フィリピンのスラム街訪問で疲れ過ぎていた俺は、フィリピンの貧乏な漁村に赴いた。
手漕ぎの船に乗って何の気なしに、地元の人に借りた釣竿をたらしていた。
すると山の中に一本のススキの穂が動いているのが見えた。
一本だけだ。
なんだろうとずっと見てると、ススキを持った小さな女の子が笑顔で山の中から現れた。
誰かの方に向かって歩いている。
家族だろうか。
みんな笑顔だった。
数日後、ホームレスやストリートチルドレンに溢れ帰るマニラに戻った。
あの漁村だってどこの家も貧乏だった。
このストリートチルドレンも同じように貧乏だが、不幸さが全然違う。
俺は世界でフィリピンの都会が一番不幸な場所だと思っている。
だってものすごく大きいショッピングモールの前にホームレスが暮らしている。
モールの前には銃を持ったガードマンさんがいるから、ホームレスたちは入れない。
ホームレスたちはブランドの服を着ている人々が世の中にいることを知りながら、自分との格差を感じているのである。
一方、漁村の人はみんなで助け合って生きている。
もちろん病院の問題や学校の問題、お金の心配もあるかもしれない。
だけど、幸せって相対評価なのだ。
自分が劣ると感じるから不幸になっているのだ。
もしもみんなで助け合っていたら、この絶望感はないはずだ。
今回初めて書くけど、ショッピングモールってXや、Instagramに似てるとずっと思ってた。
そもそもインスタに投稿する写真って見せたいものでしょ?
研究の言葉で言うならチャンピオンデータを出してるだけだ。
いつもテストで50点のやつが80点とったらインスタに載せるんだよね。
だからインスタとかXに出てる現実は、実際の現実より盛られている。
その写真を見て、また自分のチャンピオンデータを頑張って作る....(笑)
それと比べて絶望する。
当たり前じゃん。
もはや蜃気楼なんだから。
だから、SNSに支配されてるやつらは、かなり不幸度が高いと思うんだよね。
俺は。
でも、よくよく考えるとわかる。
自分の日々の生活に関係するやつはネットの中にはほとんどいない。
毎日、身近な人10人くらいとしか会わないでしょ?
その10人しか自分の幸不幸に直接関係してないでしょ?
10人にしか会わないのに、関係ない不特定多数と比べてしまってる現実。
力をかける場所、比べる場所が間違ってる。
俺に会ったやつはわかると思う。
俺ってめっちゃ幸せそうだろ?
俺に勝てそうなやつはほとんどいないくらい幸せそうだろ?
俺はもはや何とも競争してないだろ?
幸せのひとつめ。
自分に近い存在の10人くらいしか、自分の本当の幸せに関係していない。
だからそこだけを見て暮らせばいい。
世界の誰かの幸不幸は自分には関係ないことなのだ。