将来の不安がない人はいないと思う。
ところで、将来を予測することにどれほどの意味があるんだろう。
もちろん、危険やトラブルに備えることは重要だと思う。
だけど、将来の動向を読みながら、仕事の方向性を準備することにはあまり意味がないのではないかという気がしてきた。
自分の過去を考えてみてもそうなのだ。
「会社員より独立した方がうまくいく自信があったから独立したんでしょ?」
「ううん。その時にやりたかったから。」
「ピラミッド型より、グループ制の方がうまくいくと思ったんでしょ?」
「ううん。みんなが自分の目指す頂を狙った方が幸せになると思っただけ。」
最近、俺の環境が激変している。
いつか色々変わっていくであろうことは知っていたのだが、このタイミングで重なるとは思っていなかった。
だけどそれが人生だと思うのだ。
YouTuberでも同じだ。
俺が思うに、ヒカキンは「このYouTubeの波が一発くるからそこに乗ってやろう。」と思って始めた気持ちよりも、「あっ、これはやってみたいな、興味ある。」と思った方が大きのではないだろうか。
誰か、今度ヒカキンに会う人がいたら聞いといて。
そのものが当たるか当たらないかは、自分の信念とかとは別のところにある気がする。
昔の俺のブログでもそうだ。
俺は人から勧められてブログを始めたが、まさか毎日1万以上のPVになるとは思っていなかった。
参考書もそう。
ヒキョーな化学を書いたとき、そこまで売れるとは思っていなかった。
逆にうまくいくと思って始めたが、うまくいかなったこともいっぱいある。
つまり読みが外れたことが多くあるということだ。
ということは結果的に読みそのものに意味がなく、やりたいと思うことをやる方が当たる可能性が高いということになる。
だってやりたいことをやっているわけだから、ワクワクしてるってことになるからね。
というわけで、やりたいことを一つ追加することにする。
コロナすんだら世界一周してくるわ。
きっと60歳までやらないと体力がもたないだろう。
それまでに参考書を書くから。