みかみの国の王様

お前はお前。俺は俺。

気づいたことを教えてやろう。2

旅行するのは体力を消耗する。

 

もはや消耗することしかない。

 

そもそも自分の持ち物がスーツケースひとつの限られるのだ。

 

シャンプーやらボディーソープは小分けにしてボトルに詰め、爪切り、歯ブラシなど実用最小限のものしか持って移動できない。

 

ウエットティッシュなんか超レアなので大事に使わないといけない。

 

そういう限られた持ち物だけを持ち、風呂とトイレしかついてない部屋で寝泊まりしないといけない。

 

その上、過酷な移動。

 

疲れないはずがない。

 

 

 

 

生き物には必ず終わりがある。

 

ドーキンスが「生き物はただ単に遺伝子の乗り物である。」と述べたように。

 

そう、人間は遺伝子を次世代に繋いでいるだけの存在。

 

つまりは子孫を残せば用無しなのだ。

 

ゆえに結婚適齢期を過ぎたあたりから、劣化が始まる。

 

遺伝子を次世代に繋げばあとは死ぬだけなのだ。

 

俺は写真を撮るたびに、あるいは子供たちと話すたびに自分が老いていることを感じていた。

 

また、肥満が進行していることをも感じていた。

(これはどちらかといえば、酒のせいかもしれないが)

 

いくらブランドに身を固めたとしても、老いたデブでは意味がないのだ。

 

さらには不健康では意味がない。

 

若い生徒と一緒にいると若いというだけでものすごく価値があることだと感じずにはいられない。

 

若さはどんなブランドにも勝ると思う。

 

 

特に過酷な旅行の中では、自分の体力の衰えや見た目の劣化など、いつも以上に痛感させられる。

 

つまり、健康管理が重要だということだ。

 

だからと言ってオリンピックに出られるはずがない。

 

加齢は不可逆なのである。

 

そういう曖昧な目標を設定することが、何もできない中途半端な自分になってしまうのだ。

 

 

そこで俺は思ったのだ。

 

強く強く思ったのだ。

 

 

このままではいけない。

 

健康管理をしなくては。

 

その健康管理も具体的に、かつリアルに想像できる目標を構築する必要がある。

 

 

そして行き着いた結論がこれだ。

 

子供たちや若い人と比べるのではなく、同世代と比べて1番の健康体を目指すこと。

 

高校生を見て、羨ましいと嘆いても仕方がないこと。

 

彼らは遺伝子がまだ仕事を終えていないのである。

 

年をとることが避けられないのであれば、せめて自然の摂理の許す幅の中で努力をすることこそが正しい努力ではないであろうかと。

 

 

というわけで俺は50代後半のジジイの中で、イケてるジジイを目指すことにした。

 

絶対に若い人と張り合わないし、若い人を目指さない。

 

俺のマーケットが違いすぎる。

 

 

俺はジジイのカテゴリーの中で、イケてるジジイ。

 

つまりイケジジを目指す。

 

 

誰も憧れるイケジジを目指すことにしたので、お前らにもシェアしておこう。

 

若さに挑んでお兄ちゃんと張り合うという絶対に勝てないマーケットではなく、ジジイの中のいいポジションを狙いにいく。

 

若いにーちゃんが踏み込めない、そういう強者の存在しない俺のマーケットの中で勝ち負けを決める。

 

 

イケジジになるぜ。

 

 

 

これが俺が世界一周で学んだ2つめのことだ。