世の中は暮らすだけなら十分に物が揃ってきた時代になったと思う。
iPhoneと同じ。
必要な機能は基本的にほぼ実装されて、オーバースペックの競争時代に入ったと思う。
そうなってくると、もしかしたら時間のプライオリティが上がったのではないかと考えるようになった。
time is money という言葉があるが、若干大袈裟な言葉だなと思っていた。
時間はお金のように大切であるという意味だ。
だが、時間の重要性が増大してくると、
money is time
になることはないだろうか?
ものが揃うオーバースペック時代にはお金の価値が相対的に下がってくると思う。
iPhoneのカメラの画素数が無限に上がっていくことに、価値が比例するとは思えない。
結局、ルイヴィトンのバッグが直接幸せを運んでくれてるわけではないことに気がつく。
バッグを持ってることで、みんなに対して優越感が働いたり、バッグをみんなが褒めてくれることが幸せなのだとわかってくる。
こういうタイプの幸せはおそらく、インスタのフォロワー数でも代用できるはずだ。
時間のバリューが上がってきたら、いかに早く着手できるか、いかに早く完成できるかということが重要になる。
つづく
なぜ時間の価値が上がってると思うのか、そこについてはまた今度書こうと思う。