本日をもって、俺は王様として完全にメンタルが復活した。
俺に革命的なアイデアをくれた学びエイド、そして前野先生に心から感謝するしかない。
人は誰しもそうだろう。
幸せについて悩みながら生きていると思う。
幸せとは何か、そして自分探しの旅をしている。
俺もそうだし、いや特に俺はそれが強いことを自分で知っていた。
「先生は悩みがなくていいですね。」「先生にはなんでもあるからいいですね。」
そういう誉め言葉的なものを何度も20年くらい聞き続けてきたが、俺にも悩みはあるのだよ。
それは幸せの方向が見えないから、どっちに向かって行ったらいいのか、俺のコンパスの針がくるくると回っているんだよ。
だから、右に行ったり左に行ったりしながら、「どっちよ?俺の次なる幸せは。」ってことになってたわけさ。
大貧乏出身の俺はそこからの脱出するまでは、鬼神の如き集中力と精神力でエクスカリバーを振り回してきた。
他人から幸せ見えるゾーンに突き進むまでは、迷うことなく一心不乱に突き進むことができた。
ところがその一点だけを目指してやってきために、俺が描いていた生活が手に入った今、俺はどこに向かえばいいのかそれがわからなかった。
だって、実際に俺は幸せなのだ。
大学に合格することだけを目指してきた人間が、大学に合格してしまった。
夢が叶った。
さて次のお前は何処に?って話だ。
俺は解を失ったまま「生きることは幸せ探しの旅なのではなかろうか?」と思うようなっていた。
ところがである。
幸せって学問として体系化されてたの??
あちゃー。
知らんかったわー。
学問と言ってくれると話は早い。
先人がすでに悩んで、そこに解決策やヒントを体系化してくれたわけね。
自分でいちいち悩まずに、体系化された学問をただ自分用にモディファイするだけなんてめっちゃ美味しいじゃん。
幸せが学問になってたとはねー。
俺、学問を理解するのは得意な方だから❤️
先生の動画は全部拝読させていただいた。
俺が理解したことは、幸福を与えてくれるものは地位財と非地位財があるということ。
これは対をなしていて、バランスを保つ必要があるらしい。
俺は地位財(お金や名誉など)の副産物として非地位財(安心や次への希望など)が存在しているのかと思っていた。
だから、地位財>非地位財という図式が頭の中でできてたよ。
ははーん。
地位財と非地位財は同格だったわけか。
お金や自由時間、立場などの地位財の獲得を目指すことこそ、幸せなのかと思ってた。
この図式は低所得ゾーンの時しか当てはまらないらしい。
超貧乏だった俺は、お金や時間が入ってくるのことに幸せが比例していった。
この式が永久に当てはまるのかと思っていたが、場合分けの概念が必要だったのか。
だから、俺の中で矛盾が生じてたわけか。
今はすでに俺は豊かになっているから、お金や時間以外にも大事なものがたくさんたくさんある。
だから、ここからは非地位財を増やしていく方が幸せを感じられるわけね。

先生のこの図からもわかるが、年収と幸福度って一次関数じゃないじゃん。

日本の場合、こうなんだって。
おいおい、途中から下がってるやんけ。
さらに興味深かったのは、非地位財を4つにカテゴライズして解説がなされていた。
俺に足りてるものと、俺が足りてないもの。
おお、よくわかった。
今までは俺より圧倒的な金持ちの人を見て、俺より絶対に幸せだろうと思っていたが、これは大間違いだったな。
ここまでくると、俺は日本で一番幸せになれるんじゃね?
今日から完全に俺は復活した。
俺は今日まで頑張ってきて、すでにほとんどの幸せを手にしていたのか。
だから俺は、俺の国の王様でイッツオッケーだったのだ。
今までの多くの謎、違和感、未来への不安が消し飛んだぜ。
幸福学をもっと学んで、いかなる状況下でも幸せすぎてションベンちびりそうになるモードを目指していこうと思う。
前野先生と学びエイド、本当にありがとうございました。