俺が披露宴をあげるときに、みんなからお祝いをもらった。
当時の俺は金がなかったので、「ご祝儀でここの結婚式場代を払っていいか?」という交渉をしていた。
披露宴がすんだ俺は、すぐにご祝儀を数えて結婚式場に持って行った。
当時、大学1年生だった俺は、会社の人と親戚だけ呼んで披露宴をやることにしていたのだが、大学のクラスメートが式だけでもって、小さい車にぎゅーギューに乗り込んで来てくれた。
嬉しかったな。
結局、ご祝儀はいくらあったか覚えていないが、質素な披露宴にしたので、100%賄うことができた。
その時、俺は誓ったことがある。
俺が集めたこのご祝儀は、一生をかけてみんなに返そうと。
そして、俺も相当な回数の結婚式に出てきたので、その時もらったお金の合計金額はすでに返し終えたと思う。
きっとこれから先、まだまだ結婚式に呼ばれると思うので、もっともっと返せると思っている。
募金も同じだ。
俺が塾の先生を始めてから、ずっと募金やボランティアをしているのは、もらうよりもあげる方が幸せだと思っているからだ。
俺が貧しい国に生まれたとしたら、人の助けを借りないと生きてはいけないかもしれないが、俺はたまたまた豊かな国に生まれた。
たまたまのラッキーなので、わずかではあるがみんなにお裾分けのお返しをできたらと思っている。
拡散希望と書くときだけよくFacebookやTwitterに書き込む人がいるが、他の人の拡散には応援することもなく、自分の拡散だけお願いするなんて貧しい人だなって思う。
拡散してもらった数よりも、拡散してあげた数が多い人間になりたいと思う。
クラファンも同じだ。
俺は今まではクラファンで応援する側だったのだが、ひなまなのときに初めて応援してもらう側になってしまった。
ひなまなのクラファンでは約200万円のお金が集まった。
俺はこれを必ず世の中に返していこうと思っている。
クラファンをやらずに、俺やひなまなのご両親がお金を出して、世界一周に行くことはきっとできたと思うのだが、それだとただの旅行になってしまう。
みんなから応援されたお金で行くことにこそ、高校生ができる世界一周だと思っていた。
俺も今までそこそこのクラファンの応援をさせてもらったが、一番新しく応援させてもらったのは「海外理系ホームレス女子大生、メキシコ湾まで3000キロ川下り」というプロジェクトだった。
無事、目標金額を達成してミシシッピを下れたようだ。
そして最近、また気になるプロジェクトを見つけた。
これだ。
この子の何がいいかというと、自分の未来を確信していることだ。
うまくいくかどうかなんかわかるはずもないのに、自分の未来を信じている。
「こうなりたい」ではなく、「こうなる予定状態」の脳味噌がすでにできているところだ。
自分の中ではなれる未来が確定しているので、きっといろいろうまくいくんだと思う。
俺もささやかだけど、応援させてもらおうと思っている(顔見知りの子ではない)。
俺はこれからも感謝を返しながら生きていこうと思っている。