学問という武器。

こう書くとどうなのかと思うが、全てに優先順位ってのはあると思う。

 

部活を一生懸命にやる子は多いし、俺だって中学高校時代は一生懸命にやった。

 

体育祭や文化祭に思い出を作るのは大事なことだ。

 

ただ、勉強とは重さが違い過ぎると思う。

 

 

勉強で高校が決まり、大学が決まり、最終学歴が決まり、会社が決まり..

 

多くに影響を与えていると思う。

 

 

俺が人生をもう一回やり直すなら、もう部活なんかしない。

 

チャラい遊びなんか一切しない。

 

ずっと勉強する。

 

だって、将来にわたっての影響が大き過ぎるからね。

 

 

学校に行きながら勉強で比べられているってことは、すでに社会の競争が始まっていたってことにあの頃の俺は全く気づいていなかった。

 

小学生の卒業文集に「人類の幸せに貢献するために医者になりたい。」って書いていた俺の友達と、「本屋を作ってマンガの立ち読みが自由にできるようにしたい。」って書いた俺とでは、すでに心構えが全然違っていたってことが今になってわかる。

 

もちろん、早熟、晩熟の違いはある。

 

ただ、早くから学問の重要性に気づいていた子の方がいいことがいっぱいあると思う。

 

俺の視点に「人類の幸せに〜〜」がなかったのは一つは家庭環境の問題もあったかもしれない。

 

家の中にそういう発想が全くなかった。

 

だから、学問っていうのはもしかしたら一代限りものではなく、数代にわたって行う系譜的な戦いなのかもしれない。

 

親の学問に対する考え方が、子供に大きな影響を及ぼしている。

 

親が子供の学問にどう向き合うかということが、子供の人生に大きな影響を与えることと思う。

 

俺の仕事は塾の先生だが、この仕事はみんなの役に立てる尊い仕事だと心から思っている。

 

拳銃や刀だけが武器がではない。

 

それよりもはるかに上位武器の脳みそを作るという仕事に、一部であるが携わっていると思う。

 

 

子供たちよ。

 

勉強しよう。

 

勉強はきっと君をいろいろな場面で助けてくれるだろう。

 

君を豊かにしてくれるであろう。

 

そして可能性を広げてくれるはずだ。

 

 

俺は勉強を始めて、自分の人生が大きく変わった。

 

勉強という武器を手にできたからに他ならない。

 

 

これを子供達に伝えたい。

 

俺らの次の世代の子供たちに...