人生を決めるとき。

フィリピンでは路上にホームレスが溢れていた。

 

排気ガスと埃でねずみ色のその道路の上に、どうしようもないほどホームレスが溢れていた。

 

爪の中は真っ黒で、子供も道路に寝かされていた。

 

人が通ると時折、何かくれと言うゼスチャーをした。

 

多くはコンビニの前などにいた。

 

ちょっとしたもの恵んでもらうためだ。

 

 

もしも、子供の親に「賭けをしませんか?」

 

「オタクの子供さんのために、刑務所に10年はいってレポートを毎日書いてください。そうしたらあなたの子供が大学に行けるように手配します。」

 

こう言ったら、みんなが刑務所に入るんじゃないかな?

 

例が悪すぎで申し訳ないが、下克上ってのは難しい国では難しいと思う。

 

 

なぜ日本ではこうも簡単なのに、みんな舐めているのだろう。

 

どうせ食っていけるから、本気になったふりをすればいいと思っているのだろうか?

 

それが自分の人生なのに、それでいいのだろうか?

 

俺は高卒だったから、大学卒と高卒の差を知っている。

 

だが、今のように誰でも大学に行けるような時代になると、今度は偏差値が重要な因子だと思うのだ。

 

相手の能力をできるだけ早く測ろうと思うと学歴が手っ取り早いもんね。

 

 

自分の力が100とする。

 

80で頑張った気になって、これで幸せか?

 

間寛平さんが数年前にアースマラソンと称して走って地球を一周したことがある。

 

きっと予想だにしない苦しいことがいっぱいあったと思うんだよね。

 

だから、成長できるんだと思う。

 

自分でも達成できるかどうかわからないほどのことやるから、成長していくと思うんだよね。

 

できる範囲でやるのなら一生、できる範囲で生きていかないといけないだろう。

 

本当に強いやつってのは、何度も自分の殻をぶち破って生きているのに、努力もしなかったやつは結局、頑張ったやつを妬むしかできないんだよ。

 

お前だってやれた時あったのに、って思う。

 

受験は国が認めた下克上期間。

 

合法的に下克上することができる。

 

俺は会社に入った時は、「下松工業高校工業化学科卒業。」

 

今は「九州大学大学院化学科卒業。」

 

この差の意味わかるか?

 

この肩書きがあるなしで、どれだけ楽に生きれるようになってるか。

 

いばらをかき分けて進むのと舗装された道路を進むくらいの差があるぜ?

 

 

努力が足りない子に限って「こんなに頑張ってるのに。」という。

 

努力が足りない子に限って、点が足りないのに変な自信を持っている。

 

 

A判定とって受けます。くらいの勢いがいるのに、なぜE判定で合格できそうな気がするのか謎だ。

 

俺の生徒の合格率を上げなければいけない。

 

こっちはただの金儲けでやってるわけじゃないんだから。

 

もっと厳しくやっていく。

 

みんなが迷わないですむように.....