みかみの国の王様

お前はお前。俺は俺。

弟への殺意。

 

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昨年、羊と鼠先生にお会いした。

 

どうしても会いたかったから、俺の方から頼んで会いに行ってきた。

 

すごい人だったんだけど、書けばキリがない。

 

今はそれよりもちょっと事件が起こったので、ちょっとそっちの方を書きたい。

 

俺、羊と鼠先生見てびっくりしたわけなんだよ。

 

スタイルがめっちゃよくて男前で。

 

ダンディってこういう感じなんだなと。

 

 

 

俺が結構つるんでる松本Dもすごくカッコいいんだよ。

 

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スタイル良くない?

 

本物もっとすごいからね。

 

 

 

俺もねえ、3年くらい前に筋トレしてた時があって、その時はこんな感じだったんだよね。

 

デブはあまり変わらないんだけど。

 

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今見る?

 

ハチヤマ先生と写ってるのが対比がわかっていいと思うんだけど、こんな感じ。

 

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ハチヤマ先生も自己管理できてるから細いんだよ。

 

 

 

 

で、さっき事件が起こった。

 

忌まわしい、思い出しただけでも1人の人間をぶっ殺したくなるような事件が.....

 

さっき授業の合間に、ちょこっと親戚の家に行った。

 

そしたら、久しぶりにクソの弟に会って、俺らは双子だから生まれた日とかが一緒なんだよ。

 

ただ、俺は2人分の遺伝子のいいところだけでできている完全体なんだけど。

 

俺のあまりものの遺伝子で作られてる弟が俺様に向かって、

 

「なに?お前、超デブで。」「魔人ブーか?」「首のへんがすごすぎる。」「なんでそんなに丸いの?」と。

 

この俺様に、失礼な言葉を連続で放ってきたわけなのだよ。

 

まあ、昔ならそれだけで取っ組み合いの喧嘩になるんだけど、今はね。

 

俺も完全体として、余裕でいなせるんだけどね。

 

 

 

この俺様に失礼なことを言った罪がね。

 

罪が俺の中で消えないわけなのだよ。

 

 

 

とりあえず、クソに生意気なことを言われると殺人事件が起きるので、俺は変わる。

 

今日から俺は、ダイエットします。

 

いや、そういうのじゃないな。

 

 

スマートになる。

 

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今日せっかく、新しい服買ってご機嫌だったのに、新しい服買う前に服が似合う体にしろって話だよね。

 

 

実は俺はジムに行くのが面倒だから、自分専用トレーニングマシーンがあるのだ。

 

例えばこれ↓

 

 

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洗濯物を干すために使ってる場合ではないな。

 

すぐにやらなければ。

 

 

俺は完全体。

 

妥協があってはならない。

 

 

 

 

それにしてもムカつくやつやのぉ。

まあ、とりあえず昨年を振り返ってみる。

昨年は今までで一番海外にいた日数が多かったように思う。

 

昨年行った国(写真見てさっと探したからまだ逃してるかもしれない)。

 

1月 ベトナム

2月 韓国

3月 カンボジア、フィリピン、ベトナム、韓国

4月 カンボジア

7月 バンコクミャンマーラオス

8月 バンコクミャンマーラオスカンボジア

9月 ベトナム

10月 韓国、ラオス

11月 マレーシア

 

昨年の目玉は二つだな。

 

一つはハノイ大学に入学できたこと。

 

もう一つはひなまなが世界一周に出たことだ。

 

 

ハノイ大学は入学式の日にホームシックにかかり帰国したので、たった1日のために色々費やした。

 

......実は予定通りだ。

 

在籍期間は1日かもしれないが、俺は完全にハノイ大学に入学する方法をマスターした。

 

そして誰にも話していないノウハウを山ほど手に入れた。

 

これはものすごく大きいことだ。

 

1年分の学費なんかお釣りがくるくらいの情報を手に入れている。

 

そして、ハノイ大学に入れたってことは、他の大学にも入れる可能性が結構あるということだ。

 

東南アジアの大学への入学のイメージがつかめている。

 

 

ひなまなが世界一周に出たのも、俺の中では大きかった。

 

何度も言うが、俺は海外に行ってる回数が日本一多い塾の講師だ。

 

そして海外に個人的に卒塾旅行に行くようになって、15年以上経過している。

 

15年間も生徒を引率し続けてきた。

 

つまり俺は特殊なスキルを手に入れていることになる。

 

この特殊性が将来どれほど役にたつか、とにかく1位のポジションをとっていることには意味があるし、今後のシナリオはまだ話せない。

 

ひなまなの賢さと親御さんの理解、そして俺の経験、さらには俺を支えてくれる松本D、原デザイナー、そしてクラファンのみなさん。

 

この掛け算なくしては、今回の世界一周企画はスタートできなかった。

 

生徒が世界に行くことが、こんなに大変なものなかと実際に旅立ってからよくわかった。

 

でも、俺らはここでまたスキルを手に入れる。

 

と同時に、日本初の女子高生世界一周バックパッカーのひなまながどういう進路を選択するのかも楽しみだ。

 

 

 

9月のベトナム以降、俺は日本に住むことを決めたので、それまでの週休5日の生活から、週休1日に変更した。

 

今年は今まで温めてきた、アイデアを一歩前進させるとともに、参考書を書き上げること、そしてひなまな動画の作成により上がった動画作成のスキルを使って、従来と違うタイプの前進をしていこうと思っている。

 

なんでもそうだ。

 

挑戦するのには勇気がいる。

 

そして労力も必要になる。

 

だけど、得られるものも大きいし、最初の1人に与えられる「1番」という称号を手にすることができる。

 

これからは特定の教科を教えるだけではない、総合的にどういう風に進路を考えるか、あるいはどういう経験を伝えることができるかという思想が、教育にも入ってくると考えている。

 

あとは宣伝だけうまくやればいいのだが、宣伝にお金がかかってしまうので躊躇してしまうのも否めない。

 

とりあえずひなまな動画に人気が出たら、そこからリンクを貼らせてもらって自分を宣伝しようと思っている。

 

だから、これからもひなまな動画に全力を尽くしていく(動画の話ね、応援は常に全力でしてるから)。

 

もちろん、化学の方もバッチリやる予定だ。

 

学びエイド、ゴロゴ化学、みかみ塾グループ全体、俺の授業、ひなまなのサポート、AO入試、一気に吹かせてシナジー効果出していくつもりだ。

 

 

来年のことを考えると....あっ、よだれが。

 

 

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ちなみに俺がかなり好きな動画。

 

秘境ハザン。

上がるか?そのままか?

人間は自分の心の中に理由を見つけて、現状に留まりたい傾向がある。

 

誰だって新しいことをやるのは怖いからね。

 

塾の経営だって同じ。

 

誰だって成功しようと思って塾を始めると思うんだよ。

 

もしも、生徒に教えるのが夢なら自分の塾なんか開かなきゃいいよね。

 

経営のことを考えずに、講師に集中すればいい。

 

きっともっと時間が増えて、いい授業ができると思うのだ。

 

その塾が合わなければ、他の塾に変わればいい。

 

伸び伸びやらせてくれる塾なんか腐る程あるだろう。

 

 

生徒が増えすぎたら、きっとその分だけ月謝が増えるわけだから、普通なら2教室目3教室目を出すことになる。

 

うちのグループも、今パンクしそうな教室が一つあるので、「教室を引っ越したら?」と言っている。

 

「授業がうまい。」とか、

 

「みんなが懐いてくれている。」とか、

 

そういう主観的なものを、俺は考えないようにしている。

 

 

 

一国一城の城主になったのなら、みんな徳川家康織田信長を目指せばいいと思う。

 

徳川家康織田信長になる自信がないやつが、やれ、立地が悪いだの、そういうのは趣味じゃないと言い訳をつけて、小さな城を綺麗に見せようと努力する。

 

 

ま、俺も最近、マンネリだったから攻めの力が弱すぎた。

 

いつから弱くなったんだろう。

 

スタート→開塾

 

→2年半で600人に

 

→高校部を始める

 

→参考書を出す。

 

→東京、大阪、新潟、石川、福岡、山口で授業するようになる。

 

ここまでだ。

 

ここまでは良かったんだよ。

 

カンボジアにチョコレート工場を作ろうとする(頓挫)

 

→フィリピンに英会話教室を作る(数年で撤退)

 

この辺もまだ挑んでたなあ。

 

ただ、うまくいかなさすぎてサンドバック状態だった(笑)

 

→世界に住むことを考える。

 

→毎年20回くらい海外に行くようになる。

 

この辺だなあ、ベクトルがおかしくなってきたのは...

 

ここからずっと長いスランプに陥ったんだよ。

 

ハノイ大学に入学する。

 

メコン川400キロをボートで走破。

 

→ひなまな世界へ。

 

ここら辺で、日本で頑張ろうと思うようになったんだよ。

 

海外に居過ぎたから。

 

8月とか9月だった。

 

数年ぶりだった、日本で頑張ってみようかと思ったのは。

 

 

というわけで、織田信長徳川家康にどうやったらなれるのかを、再び考え始めている。

 

今度は途中で横道に逸れないようにしよう。

 

とりあえず来年には、また新しい会社を立ち上げる予定だ。

 

でも、それだけでは織田信長徳川家康にはなれないことを知っている。

 

色々な種を蒔いたら、あとはひたすら打つべし打つべし打つべしなのだ。

 

伸びそうな芽を見つけて打つべし打つべし打つべしだ。

 

 

とにかく来年は日本での俺の仕事を拡大したいと思っている。

 

インドは世界を代表する先進国になれるのか?

タイにボランティに行ったとき、インドはすごいと数人の旅人から聞いた。

 

「何がすごいんですか?」

 

「こっちを見てくる。」

 

「見てくるって、ガン飛ばしてるんですか?」

 

「ガンっていうよりは、ただ見てくる。」

 

「そんなの別に大したことじゃないですよね。」

 

「いや、それがとにかくすごいんだ。」

 

世界一周した人も、インドのインパクトがすごかったという。

 

何それ?

 

 

 

数年前だった。

 

1回目のインドに行ってみた。

 

もう、すべてのことが思い出になりすぎているのでバラナシに行った話を書いてみよう。

 

バラナシってご存知だろうか?

 

ヒンズー教、仏教の聖地だ。

 

よく観光客とかがガンジス川で沐浴している場所だ。

 

そして死体がそこらへんで焼かれており、灰(というか焼人肉)が撒かれる場所でもある。

 

飛行機が到着し、タクシーに乗ろうとした。

 

もちろんだ。

 

ここからが戦いなのだよ。

 

インドって国は。

 

「いくら?」

 

「安いよ。」

 

「安いじゃなくて、いくらなの?」

 

「とりあえず乗ってみてよ。」

 

「メータなの?」

 

「メーターは勘弁して欲しい。」

 

「じゃあ、いくらなんだ?」

 

「なんでそんなこと言うの?」

 

「なんでってお前はタクシー運転手だろう。」

 

「その通り。」

 

「だからいくらなのか?」

 

のように、どんなことに対しても必ず噛み合わない切り返しでくるので、声がどんどん大きくなってくる。

 

「バラナシの街に行って。」

 

「そこでヨガ教えてくれる場所に行って。」

 

「ヨガ?私はヨガの先生ね、だから、私に習うよ。」

 

「お前はタクシードライバだろうが。」

 

「ヨガも教えてるんだよ。」

 

「とにかくお前以外のやつから習うから。ヨガの場所に連れていけ。」

 

「それなら私の村に有名なヨガの先生がいるから、それに習うといいよ。」

 

「そこじゃなくて、バラナシに行ってくれ。優先順位1位がバラナシ。」

 

「どうしてバラナシ?ヨガの先生、すごいよ。」

 

「待て!止まれ。」

 

イライラするので、ビールを買いに降りる。

 

一応、大瓶を2本買って1本はそいつに渡してみる。

 

もちろん、そいつはドライバーなので飲むわけはない。

 

「飲むんかい!お前は。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さん着いたよ。」

 

 

 

 

「ここバラナシじゃないやんけ!お前の村やんけ!」

 

と言うわけでインドが世界を代表する先進国になるのには時間がかかる気がする。

 

そもそもバラナシ行くのでさえ時間がかかるからね。

 

 

 

もうすぐひなまなもインドに行くので楽しみだね。

 

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ひなまなハートヤイ(ハジャイ)編。

タイに何回も行ってる人は多いだろう。

 

俺もよくわからないけど2〜30回は行ったと思う。

 

パターンとしては1回目にバンコク行くよね。

 

水上マーケットと、3ワット(ワットポー、ワットアルン、ワットプラケオ)。

 

もう一回行こうなあで、今度はアユタヤまで行くじゃん。

 

その次はちょっと違うところでも行く?って感じでチェンマイへ。

 

そしてやっぱりカオサンよね。とかってバンコクに戻って...

 

パタヤ行って、プーケット行ってって....

 

 

島は別にしてタイの南の方ってあまり行く人いないと思うんだよね。

 

俺もハジャイに行ったことないから、ハジャイがどんなのか気になってたんだよなあ。

 

ってことで、これを見たらハジャイがわかるぜ。

 

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大学受験を始めた日。

大学受験を始めた日というものが存在する。

 

仕事していた頃、大学に行きたいとぼんやり思っていた。

 

ある日、大学に行くことを宣言した。

 

それから机の前には座るのだが、勉強ができない日が続いた。

 

勉強する前の習慣と生活が違いすぎて、なかなか遊び癖が抜けなかった。

 

何度かラストのDISCOに通った。

 

今回でラストにしようと思ってもまた踊りに行きたくなる。

 

そしてまたラストのDISCOに行ってしまった。

 

山口から福岡まで遠征だった。

 

仕事がすんですぐに小倉まで行った。

 

勉強すると宣言してからは、踊るのに罪悪感を持つようになっていた。

 

 

当時、会社では3分間ミーティングというものが存在しており、なんでもいいから朝にみんなに話をしないといけない決まりがあった。

 

ラストDISCOの次の日は俺の担当だった。

 

「えー、勉強しないといけなかったのですが、どうしても踊りたくなって小倉に行きました。」

 

みんなの反応が渋すぎる。

 

言わなきゃよかったことは、明白だ。

 

 

終わったあと、上司に呼び出された。

 

「君は勉強するって言ったんじゃなかったのか?」

 

怒られてしまった。

 

まあ、俺も若かったので、逆恨みのような気分で説教を聞いた。

 

俺だって、勉強したいと思っているけど、できないから苦しんでるのに...

 

 

その日、家に帰って俺は覚悟を決めた。

 

もはや勉強しかできないという生活を受け入れる覚悟である。

 

この覚悟の原動力は逆恨みなのだった。

 

怒りとか憎しみというのは、人間のパワーの中でも相当強い部類だ。

 

俺は、このパワーを使い、俺が遊んでいたもののほとんどすべてを段ボール箱にぶち込んだ。

 

ラジカセ、ローラースケート、マンガ本.....

 

テレビの画面にはガムテープを×の形に貼った。

 

 

 

そして俺はその日から、必死の受験生になることができた。

 

24時間ずっと勉強のことばかり考え、風呂に入ってもトイレに行っても、ずっとひたすら勉強のことだけを考えられるようになった。

 

 

受験生にいつも言ってる。

 

一生懸命になるのには覚悟が必要だって。

 

 

世の中は等価交換だから、もしもいい大学に行きたいのなら、それに見合うものを差し出さないといけないと。

 

受験生に差し出せるものはきっと二つしかないはず。

 

情熱と時間だ。

 

これを全部神様に差し出して、そして努力するしかないと思うのだ。

 

 

俺が勉強を始められたのは、あの時に俺を怒ってくれた上司のおかげ。

 

心から感謝している。

 

 

一人でも多くの受験生がベストを尽くせますように...

 

髪型のおもひで

高1の女の子が冬休みに入ったからと髪を染めてきた。

 

いいね、いいね。

 

どんどん挑戦するといい。

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地元の高校も、男の子はツーブロックが禁止されているらしい。

 

おいおい、ツーブロックなんて逆に感じいいじゃんと思うのは俺だけか?

 

 

 

俺も高校2年生の夏休みにパンチパーマにしたことがあった。

 

俺らの学校は校則がめっちゃ厳しい学校で、見つかったらどんなひどい目にあわされるかわからなかった。

 

夏休みが終わった段階で、俺のパンチも結構ゆるくなっていたので、このまま頭髪検査をパスしようと目論んでいた。

 

始業式の日に担任から「みかみってそんな天然パーマだったかな?」と言われたが、まあ成績がよかったので「そうっす。」でクリアできた。

 

そして、問題の頭髪検査の日がやってきた。

 

体育館に集められて検査をされるわけだが、俺らの列は屈強な先生としてみんなから恐れられる日体大ホラー先生が担当だった。

 

クリアできなかったら、恐ろしいことになる。

 

昔の先生ってのは結構無茶な先生が多く、顔面を蹴ってきたり、ベルトで叩いたり、しかもそれを防ぐ自由権も与えられていないという、日本国憲法以上の超最高法規人間が何人かいた。

 

学級委員でもあった俺がクラス一番の無謀を侵してしまったことに、今回の頭髪検査は同級生からも注目されていた。

 

俺 vs   日体大ホラー

 

みかみが殺されるのか、詭弁や日頃の信用でクリアできるのか...

 

列がどんどん減ってゆく。

 

 

そして俺はある決断をしたのだった。

 

 

 

 

「逃げろ!」

 

俺は頭髪検査の列を離脱した。

 

全力で走った。

 

学校の塀を乗り越えて、頭髪検査も授業もブッチした。

 

走って走ってそのまま美容院に駆け込んだ。

 

「すみません。パーマを落としてください。」

 

生まれて初めて美容院に行った。

 

散髪屋に行きたかったが、学校から一番近い散髪屋に行くと、色々面倒なことになる。

 

当時、美容院に行く男なんかほとんどいなかったからこっぱずかしかったが、それどころではない。

 

俺は逃げたのである。

 

必ず呼び出しがかかるはず。

 

「珍しいわねえ。男の子なんか...」

 

美容院のおばさんが声をかけてくる。

 

いいから早くやってくれ。

 

マッハでやってくれ、急いでくれ、世界記録で頼む。

 

 

おばさんが手際よく、パンチを落としてくれた。

 

「さあ、髪を洗って終わりよ。」

 

え?

 

髪を洗うシャンプー設備が後ろにあるじゃないか。

 

なんで前にないんだ?

 

やりにくいわー。

 

リクライニングされながら俺は、うつ伏せになった。

 

「ププププ。バックシャンプーって言うのよ。後ろのままで洗うの。」

 

みんなから大笑いされた。

 

ああ、恥ずかしかったなあ。

 

 

 

1時間後、俺が学校に戻ったら、すでに頭髪検査はすんでおり授業中だった。

 

当然のことながら、日体大ホラーから呼び出しがかかっていた。

 

放課後、日体大ホラーのところに行った。

 

「すみません。お腹の調子が悪すぎて、トイレに駆け込んでいました。」

 

「そうか、わかった、合格。」

 

 

どう考えてもものすごくパーマ液臭かったのだが、臭いに関する規定はなかったので合格した。

 

 

 

俺が新しい形の頭髪検査クリア法を考案したことで、俺の後を続く後輩が..

 

 

 

 

 

出るわけねーだろ!

みかみ一桜、世界基準に時計をセット。

俺が東南アジアを好きな最大の理由はその物価の安さだ。

 

日本だと5万円くらいかかるようなホテルが1万5000円で泊まれる。

 

日本だとビールが1杯500円とか600円でしょ?

 

ベトナムなら100円で飲めるからね。

 

 

これがシンガポールとかアメリカだと1000円になるじゃん。

 

やる気なくすよね。

 

メニューの値段ばかり気にして注文すると、旅の面白さが半減するからね。

 

俺が歴代で一番びっくりしたのは、20年くらい前に行った北京大学の学食。

 

めっちゃてんこ盛りにしてもらって、おかず頼みまくって18円だった。

 

 

でも、最近......日本の物価が安すぎて、なんかお得感が少なくなってきた。

 

タイとかから帰ってきたら、昔は「日本高っ!」だったのに、今は「ちょっと高いかな?」の程度になってしまった。

 

日本の物価が、世界的にも上がってないということだろう。

 

そのうち、海外に行くよりは日本の方が安いから日本いいよね。ってことになる。

 

そしたらまあ、外人がガンガンくるだろうけどね。

 

そして日本人がどんどん出稼ぎに出ないといけなくなる。

 

 

なんでこんなことになったの?

 

 

ガツガツしてるヤツが減ったから、だと思うわけだよ俺は。

 

「お腹が空いたら、ケーキを食べればいいじゃない?」

 

じゃねーんだよ。

 

俺らは。

 

そんなことしてるから、いつの間にか日本人が羊の皮をかぶったヤギだらけになってしまった。

 

草食って「ウメ〜」とか、鳴いてる場合か?

 

日本ばっかりずっと見てるとこれでいいかなあってことになるけど、世界の発展ぶりを考えたらこれでいいわけがないんだよ、よく考えるとね。

 

シンガポールなんかすごいじゃん。

 

いつ行っても工事中じゃん。

 

ホテルの工事なんか半分にお客さんを宿泊させて、残りの半分を増築工事してたりするもんね。

 

非常識だよね、埃っぽいし、うるさいし。

 

でも、それが伸びてる国。

 

逞しいよね。

 

 

 

最近は大学なんか行かなくてもいいんじゃね?

 

とか草食動物的な発想するヤツ増えたけど、お前らは食物連鎖の下っ端だっつーの。

 

大学卒じゃないとワーキングビザがおりない国なんかいっぱいあるからね。

 

「仕事がないなら、海外で働こうっと。」

 

お前、大学出てないから無理だっつーの。

 

というか、お前、食物連鎖の下っ端なんだから草しか食えないよって話。

 

 

まあ、俺も日本にどっぷりいるから豚野郎になってるんだけど、そろそろ時計をセットし直そうかなっと。

 

日本で競争してたら、こんなゆっくりな集団の中で競争してたら、世界で負ける。

 

みかみ塾の子供達にはそれを伝えないといけない。

 

俺らの周りは羊だらけなことを。

 

 

 

さて、リスクでもとって攻めようかな。

 

傷をぺろぺろし合って、安心するのはもう飽きた。

 

 

ひなまなのユーチューブにも英語の字幕をつけようか。

 

もはや世界からのアクセスも視野に入れた方がいい気がする。

 

 

というわけで俺の時計は、時差付きの世界時計に変わった。

 

日本語が読めるお前らも頑張れよ。

 

 

あっ、ひなまなもよろしくね。

 

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監督になりたかった...

今は相撲部に入りたいくらいの体型なのだが、中学時代は陸上部の長距離選手だった。

 

ある先生がその中学に赴任されたことで、その陸上部は殺人的に強くなった。

 

俺は何も知らずに陸上部に所属していた。

 

あまりの強さに県内では無敗で、全国大会に行く同級生が何人かいた。

 

そのうちの一人は、高校生になりインターハイで全国優勝したほどだ。

 

 

俺はそこまで速くはなかったので、レギュラーではなかった。

 

陸上のお誘いもなかったので、地元の工業高校に普通に入学した。

 

そんな俺でも普通の高校に行けば、1年生の時からレギュラーだった。

 

その高校は県では3〜4番くらいの強さだったことから、中学がいかに強かったかわかるだろう。

 

 

さて、俺は中学と高校、社会人と陸上をしてきたわけなのだが、ずっと高校の陸上部の監督になりたかった。

 

俺なら全国大会に行けるチームが作れるとずっと思っていた。

 

 

中学時代の俺が結構、きつかったセリフは「試合でもう使わない。」と言われること。

 

辞めた生徒を指して「あいつはケツを割った。」と言われることだった。

 

こんなに苦しい練習をさせられてるのに、試合でもう使わないとは、なんて横暴なんだろうと思うと同時に、それだけは勘弁して欲しいと思ってた。

 

また、辞めたい辞めたいと何度も思っていたのに、辞めたやつのこと「ケツを割った。」と表現されると、すでに割れている俺のケツは何個になるんだろうかと思ったりした。

 

俺的にはケツ割男の称号を与えられるのは屈辱だったので頑張って続けた。

 

 

塾の先生をやりながら、「お前はもう試合に出さない。」と言えたらどんなにいいだろうと思ってきた。

 

その言葉を言えたら、勉強の責任が相手に渡るので「誰かのために勉強している。」とか「やらされている。」という考え方を減らすことができると思うのだ。

 

俺の教えている教室は、賢い子しかいない。

 

勉強ができない子は「教科書の太字を覚えましょうね。」で、ある程度上げられると思うが、賢い子は太字なんかすでに覚えているのだ。

 

だから、メンタルの戦いになってくる。

 

一発で100個覚えるか、120個覚えるかとかいうレベルの戦いだ。

 

 

そしてふと考えると、監督のような仕事をしていることに気づく。

 

「1000メートルのインターバルを5本。」

 

これは誰でも言うことができるが、その練習にどういう意味を持たせるかで、伸びが変わってくる。

 

「全力で走れ」と言うのか、「こうしたら速く走れる」と言うのか、「これが全国大会のはじめの一歩」だと言うのか。

 

生徒がどこを見て走るのか、何を信じるのか、自分はどれくらいの力だと見積もるのか、そういうのは監督の声の掛け方、そして監督が作り出すムードで決まってくると思う。

 

 

冬休みになり、毎日生徒と一緒に勉強する中で、どうやったら一人一人の生徒を伸ばすことができるだろうと悩みながら授業をしている。

 

塾の場合は、全員レギュラーで全員が主役の戦いだ。

 

ダッシュのある子、粘りのある子、ボキャブラリーが少ない子、真面目にやりたくない子、いろいろな子がいる。

 

だけど、俺の仕事が監督業だと考えるのなら、今、俺は昔からなりたかった夢が叶っていることに気づく。

 

 

みんなが伸びて自己新記録が出せるような監督になりたいと心から思う。

 

センターまで、そして入試まであと少し。

 

 

全力で頑張りたい。

クラファン 目標達成!!!!

 

みなさん、本当にありがとうございました。

 

ひなまなのクラファン の目標金額が爆裂個人塾長会議さん一同の力で多額の応援が入りまして、200万円を突破致しました。

 

本当にありがとうございました。

 

最初に爆裂塾長個人会議に相談してくださったエイメイグループのヒロ総帥、賛同してくださったkawaiラボの河井塾長、そしてメガトン級のクラファンの投入をしてくださった松江塾の真島先生 

 

本当にありがとうございました。

 

200万円に達する直前に教えてくださいといろいろな方から言われていたのですが、一瞬の出来事で、気がついたら「200万円を超えました。」の報告がきていました。

 

本当に嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、皆様に追加のお知らせがあります。

 

ひなまなの旅行の見積もりが超極貧旅行で、後半にはテント泊や危険なヒッチハイク移動なども考慮に入れて200万円を設定しておりました。

 

さっきも80キロメートルの山道を節約のために36時間ぶっ続けて歩いていいか?と聞かれたので、注意したところでした(しかも今、どこにいるんでしょうか...)。

 

女の子なのでそういうことはやめて欲しく、あと60万円追加される(一人当たり30万円)と安全度が格段に増します。

 

どうか、安全な世界一周に向けて、2次目標を260万円にさせていただきたいと思います。

 

ひなまなの旅は2ヶ月と10日で8カ国が過ぎました。

 

残り6ヶ月、32カ国、温かく応援してくださいますようどうかよろしくお願いいたします。

 

応援くださった皆さん。

 

本当にありがとうございました。

 

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hinamana1125.wixsite.com

 

ひなまなカンボジアホームステイ。

www.youtube.com

 

ひなまながカンボジアにホームステイをしている動画だ。

 

今回は、俺の知り合いのワナさんを紹介した。

 

ホームステイといえば、カナダやアメリカやらオーストラリアを想像する人が多いよね。

 

だけど、英語のホームステイなんてもはや普通じゃない?

 

違うところの方が希少性ない?

 

 

 

俺にはカンボジアの友達が何人かいる。

 

その中の1人がワナさんだ。

 

何度も何度もカンボジアに行ってるうちに、ワナさんと親しくなった。

 

ワナさんの仕事はトゥクトゥクのドライバーなのだが、ある日、「ちょっとホームステイさせてもらえる?」って聞いてみた。

 

「そんなものはやったことないし、やり方も知らない。」

 

「いやいや、普通に家族の一員として迎えてくれたらいいから。」

 

ってことで、了承してもらった。

 

最初は、風呂は外にある水かめで、トイレも外にあった。

 

少しずつ進化しており、今ではシャワーがついたのと、トイレも家の中に設置された。

 

年に数回、生徒を連れていっているのでワナさんの近所に住む子供達も喜んでくれて集まってくるようになった。

 

俺が昔、会社にいた頃、英語がベラベラのやつが身の回りに2人いた。

 

1人はレバノンで生まれて海外を渡り歩いて来たという謎の男で、もう1人が外人のホームステイを受け入れる家だったので、外人がいつも家にいました。という経歴だった。

 

ワナさんの家の子供逹も、年に数回元気な日本の学生がやって来て、一緒にいろいろなことを体験するから家の中で国際化を感じることができるだろうと思う。

 

 

俺は日本で一番、海外旅行に行っている塾の先生として、子供達にいろいろな体験をして欲しいと思っている。

 

今回も卒塾旅行はカンボジアにする予定で、何人かはワナさんの家にステイしてもらおうと思っている。

 

 

 

卒塾旅行に参加したい子供さんがいたら、相談に乗ります。

 

何かあったらお知らせください。

 

 

 

というわけで、ひなまなカンボジア編をお楽しみください。

 

お葬式

お葬式が終了した。

 

お葬式の最中、元塾生のお母さん10人以上にお会いできたと思う。

 

亡くなったお母さんが色々な人をご紹介くださったんだっと改めてわかった。

 

本当にいつもニコニコされてて、楽しいお母さんだった。

 

一緒にカンボジアに行きたかったな。

 

 

 

ボランティアでもなんでもそうなのだ。

 

「お金が貯まったら寄付します。」

 

「時間ができたらどこかに行きましょう。」

 

.....時間なんかできないし、お金なんか貯まらない。

 

時間は作るものだし、お金がなくてもやろうと思えばやれる。

 

そういうセリフは結局実行されない。

 

だから、やりたいときにやらないといけない。

 

やりたいことをやらないといけない。

 

 

 

送る言葉。

 

お母さん、僕はお母さんがあまりにもかわいいのでずっと年下かと思っていました。

 

2年くらい前に僕の方が年下と知って、ちょっと驚きました。

 

初めてお母さんに公民館でお会いしてから、お母さんのニコニコに後押しされ、僕はみかみ塾を始めることができました。

 

そのあと、顧問が来てくださり、小池さんが来てくださり、片山家、丸山家、串畑家、...

 

みかみ塾がどんどん大きくなっていきました。

 

坊ちゃんが高校に入ってからはずっと会えなかったですね。

 

お父さんも気さくな方で、僕が九州から戻った新幹線と、坊ちゃんが東京に行く新幹線がたまたま同じで、泣きながら見送るお父さんと、「父さんがまた泣いているんですよ。」とおっしゃるお母さんの笑顔を久しぶりに見て、ああ、変わってないんだなって思いました。

 

3人で飲んだときも、「ウチの父さんは病院に絶対にいかないんですよ。」って笑いながら話していたのを思い出します。

 

今回はあまりにも突然でびっくりしました。

 

坊ちゃんから電話がかかって来たときには涙があふれて仕方がありませんでした。

 

お通夜の時も「まだ涙がでるのか。」とびっくりしました。

 

今日はもう涙が枯れていました。

 

そして、お母さんにしっかり休んでいただこうと思いました。

 

本当に今までありがとうございました。

 

お会いできて今があります。

 

僕もそちらの世界に行く日が来たら、また遊びに行きましょうね。

 

ありがとうございました。

 

 

みかみ 一桜。

 

礼服。

昨日、一番最初に生徒になったくれた子のお母さんが亡くなられたと連絡が入った。

 

まだ授業を始めたばかりの、下手くその俺の授業をいつも笑って見てくれた。

 

昨日は涙が止まらなかった。

 

 

親が死んでも親戚が死んでも着なかった礼服をさっき買って来た。

 

死ぬまで礼服を着るのをやめようと決めていたのだが、自分の常識を押し通す場でもないし、何よりきちんとした身なりで送らせていただきたいと思った。

 

2年に一回くらいかな、一緒に飲みに行ってた。

 

いつも優しい笑顔で本当に素敵な方だった。

 

もっとたくさんお返しができたはずなのに、と色々悔やまれる。

 

 

今からお通夜に行ってくる。